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社説・コラム

北東アジア非核化探る 長崎で国際ワークショップ

 自制を求める各国の意見を無視し、事実上のミサイル発射を強行した北朝鮮。核開発の放棄を迫る国際社会の取り組みも行き詰まる中、より大きな枠組みで問題解決を目指す「包括的アプローチ」が注目されている。その可能性をテーマに7、8の両日、長崎市で開かれた国際ワークショップ(長崎大核兵器廃絶研究センターなど共催)に参加。国内外の専門家約40人の議論から、北東アジア非核化への課題と展望を探った。(ヒロシマ平和メディアセンター編集部長・宮崎智三)

 包括的アプローチは昨年秋、米国の元政府高官モートン・ハルペリン氏が提案した。北朝鮮をめぐる問題点を包括的に扱う「平和安全保障条約」づくりを通して解決を目指す手法だ。

 北朝鮮、米国、日本、韓国に、中国とロシアを加えた6カ国を軸にしている。しかし基本的な考え方は今までの6カ国協議と大きく異なる。

 特に重要なのは、北朝鮮が「自分たちは安全だ」と感じられる状況をつくることだ。そのため、北朝鮮が何より求める戦争状態の終結と周辺国との関係正常化を、包括的な条約案の筆頭項目に掲げる。

条約案は6項目

 案は、安全保障に関する常設委員会の設置▽「敵対的意図がない」との相互宣言▽非核兵器地帯化―など計6項目を盛り込んでいる。

 背景には、6カ国協議の行き詰まりがある。今回のワークショップに出席したハルペリン氏自身は「北朝鮮に核放棄を迫る取り組みは、6カ国協議を含め失敗した」との見方を示した。

 確かに「まず核放棄を」と考える米国や韓国と、戦争状態の終結が先だとする北朝鮮との、主張は平行線のまま。相互不信に陥っている。

 では、北朝鮮が包括的アプローチを受け入れるかどうか。「多くの人は北が核を減らすことはないと考えている。しかし、それは間違いだ。核開発を諦めさせることは可能だ」とハルペリン氏は言い切る。非核兵器地帯を作れば自分たちも安心を得られることに、実は北朝鮮も気付いている、という。

 ワークショップの一環で開かれた公開シンポジウムなどでは、最近の北朝鮮の変化が指摘された。

 韓信大(韓国)平和と公共性センター長の李起豪(イキホ)氏によると、北朝鮮は米国のキッシンジャー元国務長官に関心を寄せているようだ。ニクソン政権時代、特使として中国との電撃的な国交回復に尽力した。その詳細を知りたがっているのだろう。

 李氏は「対話しながら解決を図る機会はある」と述べ、市民レベルも含め、交流を拡充させる重要性を訴えた。

拉致・国境も課題

 対応の変化が求められているのは、日本政府も同じだ。外務省は軍縮・不拡散外交白書の最新版(2011年)で、北東アジア非核兵器地帯に初めて言及した。しかし「まずは北朝鮮の核問題の解決に向け努力していくべきと考えている」とし、これまでの姿勢を変えてはいない。

 このまま北朝鮮が核ミサイル保有国になってしまえば、北東アジア情勢は間違いなく悪化する。まるでドミノ倒しのように韓国や日本も核兵器保有を目指すのではないか、との懸念も国際社会にある。

 実際に日韓両国では、核武装して対抗する必要があるとの政治家の主張が声高になっている。日本はまた、原発の使用済み核燃料の再処理を国策として推進。軍事転用できるプルトニウムを大量に持つため、かねて潜在的な核保有の意図を疑われていた。

 課題はほかにもある。条約案の詳細な検討はもちろん、北朝鮮による拉致問題や中国、韓国との国境問題などである。

 ハルペリン氏は外交・安全保障政策の専門家としてジョンソン、ニクソン、クリントン政権で政府高官を務め、現実政治に関わった。このため提案への反響は大きい。ワークショップに出席した復旦大(中国)国連研究センター長の張貴洪氏も、包括的アプローチに賛意を示した。

 「たとえ対価が大きくなるとしても、少なくともあと一度は努力をしないと」。ハルペリン氏は現状打開に向け、とりわけ日本政府の積極的な対応の必要性を強調した。

 提案通り北東アジアが非核化できれば、核兵器のない世界に近づくだけではない。米国による「核の傘」が不要となり、日米同盟の軍事的な意味合いは縮小する。それは同時に、広島・長崎と日本政府との認識の差を小さくするだろう。被爆地の訴えは、国際的に一層重みを増すはずだ。

 その意味でも被爆地の役割は極めて重要となる。今回は長崎が動いたが、広島でも7月に、北東アジア非核化の可能性を探る国際シンポジウム(広島市立大広島平和研究所など主催)が開かれた。長崎との連携を深め、まずは日本政府を動かしたい。

北東アジア非核兵器地帯構想
 冷戦が終わった後も緊張が続く北東アジアに非核兵器地帯を設ける構想。核軍拡の芽を摘み、「核の傘」依存を脱却して核兵器廃絶にも貢献できるとして1990年代以降、幾つかの提案が出された。うち「3+3(スリー・プラス・スリー)」構想は日本、韓国、北朝鮮の3カ国に核兵器の開発や保有、持ち込みなどを禁止し、周辺の核兵器保有国(米国、ロシア、中国)は、この3カ国へ核による攻撃や脅しをしないと誓約する内容。NPO法人「ピースデポ」元代表で長崎大核兵器廃絶研究センター長の梅林宏道氏らが96年に提唱した。モートン・ハルペリン氏の「包括的アプローチ」も3+3をベースにしている。

(2012年12月16日朝刊掲載)

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