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社説・コラム

『言』 日中は新志向となるか 超えよう 力による外交

◆王偉彬・広島修道大教授

 日本の2013年の懸案の一つに中国との関係修復がある。国交正常化40周年の節目でもあった昨年から尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権をめぐって緊張が高まり、両国民の間でもとげとげしい声が飛び交う。対立が続けばアジアの安全と発展をも揺るがしかねない。日中の政治外交史を研究する広島修道大教授王偉彬さん(55)は「新しい理念と行動が共に必要だ」と唱える。(聞き手は編集委員・西本雅実、写真・室井靖司)

 ―日本の対中感情を一気に冷え込ませ、暴徒化までした反日デモをどう読み取りますか。
 中国が直面している問題や根深い「被害者意識」が噴き出たとみています。貧富の格差や政治的な腐敗、道徳・秩序の乱れ。不満がたまっていた。そこへ日本政府の尖閣国有化があり、約7億人が利用しているインターネットで高まるナショナリズムにも火がついて爆発した。

 国内総生産(GDP)は2010年、日本を抜き世界2位となった。しかし、国民1人当たりでみれば11年で5400ドル、12年は6千ドルでしょう。日本とはまだ約7倍の開きがある。富裕度や技術力など総合国力でも日本の方が依然として「大国」と心の中で思っているから、ナショナリズムが向けられる的となった。ナショナリズムは「大国」に向かう傾向があります。

 ―3月には国家主席にも就く習近平氏の指導体制は対日政策を進展させられるでしょうか。
 現状では難しい。領土問題となると国民感情や世論からも譲れない。融和路線をとると批判され、失脚につながりかねない。これは安倍晋三政権も同じ。日中がこれ以上衝突しないよう対処するには、指導層だけでなく国民からも知恵や声を出さなくてはいけません。

 ―新志向を図る必要があるというわけですね。
 そうです。中国は今、理念なき外交政策に陥っている。鄧小平時代からの「韜光養晦(とうこうようかい)」、米国の圧力を受けても目立たない外交政策を2000年代に入ってから見直すあまり、方向性も見失っています。経済力の増強を背景に、力でモノを言わせる実力主義的外交の影が潜んでいる。

 習指導部が唱える「偉大なる中華文明の復興」は、世界トップレベルの文明国の復活を目指す呼び掛けですが、周辺諸国は中国の膨張を懸念している。ナショナリズムや「被害者意識」を克服し、脅威だと思われない外交を展開するべきだ。今の中国には「普通国・平常心」という考えが要るし、イデオロギーにこだわらない理念を打ち立てなければならない。

 ―第1次安倍政権は06年に日中の「戦略的互恵関係」を打ち出し、今日に至っています。
 日中関係の底流には米中問題がある。米国は「中国脅威論」をかきたて「中国包囲網」をつくろうとしている。「包囲網」への日本の積極的な参加は、中国国民の反発を買っている。安倍政権が言う日米同盟の強化も集団的自衛権の行使も、日本国民が決めることですが、結果としては中国を刺激して敵対心をあおるだけでしょう。

 日本は米国との関係は重視するが、アジアを資源・労働力供給地、商品消費地とみなして軽視していないでしょうか。韓国や台湾、ロシアとも昨年に対立があらわになった。これは軽視の結果だともいえます。アジアを対等の仲間として扱い、安全保障体制を積極的に構築するべきです。仮にドイツが米国だけを重視していたら、周辺諸国との関係は悪化するでしょう。

 ―米国依存ではない安全保障への道筋があるとしたら。
 ヘルシンキ宣言が参考になります。東西冷戦下の1975年、フィンランド・ヘルシンキで欧州33カ国に加え米国、カナダの首脳が集まり、国境の不可侵や紛争の平和的解決、信頼醸成の促進などを申し合わせた。日本の戦後は「不戦」を掲げてきた。この理念を発展させる意味でも、アジアにおける同様の宣言を中長期的な外交目標とし、進んでいくべきだと思う。

 日中の緊張関係は、しばらくは続くでしょう。緊急の事態に備え、両首脳間のホットラインも必要になっている。日本は米国に頼る、中国は力に頼る、実力主義の国際政治を変えていかなくては。知恵を出して真剣な対話がまさに必要です。

ワン・ウェイビン
 中国山東省生まれ。89年北京大大学院修了。91年日本留学。京都大大学院博士課程修了。広島修道大法学部助教授を経て04年から現職。05年から1年間、米ハーバード大で客員研究員を務めた。日本語の著書に「中国と日本の外交政策」。主な論文に「中国の政治路線闘争と対日政策―1958年の中日関係断絶を巡って」など。広島市安佐南区在住。

(2013年1月9日朝刊掲載)

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