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社説・コラム

『潮流』 近藤芳美さんの警句

■東京支社編集部長 守田靖

 創刊90周年を迎えた1月号の「文芸春秋」に、懐かしい名前を見つけた。2006年に93歳で亡くなった歌人近藤芳美さん。

 本紙「中国歌壇」の選者を51年間務め、中国地方の短歌愛好者にとって不動の目標だった人だ。「新・百人一首」と題した近現代の短歌ベスト100に、次の歌が選ばれている。

 たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき

 戦後間もなく第一歌集「早春歌」に収められた。後年妻になる、とし子(本名年子)さんへの愛慕をこめた歌。暗い時代から解放された若者たちがこぞって愛唱したという。

 中国歌壇選者として半世紀を迎えた03年、東京都世田谷区の自宅にしばらく通ったことがある。「近藤芳美の言葉」と題して聞き書きをするためだ。

 「忙しい」と断られたことはなかった。ゼミに通う学生に接するごとく、孫ほど年の離れた記者の拙い質問に付き合ってくれた。旧制広島高で過ごした戦前の広島の姿、原爆投下への怒り、日々の創作の様子、多様化する現代の短歌―。それは多岐にわたった。

 「短歌を作るとは、生きることを言葉にすること。生きることを考える限り言葉がある。それを表現として残していくのが短歌」

 「人間の歴史を、個人の思いで語り続けていくのが短歌」

 中国歌壇は民衆から生まれる「無名者の投稿の場」だとも。農村生活を詠む歌、ヒロシマを詠む歌を大事にしてほしいと訴えていた。

 数多くの至言の中で「新しい戦争は、前の戦争の最後に使われた兵器から始まる。今度は広島、長崎だけじゃすみません」という警句が忘れられない。起きている現実を常に歌にし続けた近藤さん。存命なら、混迷する今の世界情勢をどう詠んだことだろう。

(2013年1月22日朝刊掲載)

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