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社説・コラム

『潮流』 ゴードンさん

■論説主幹 江種則貴

 まさに「無言の帰国」である。遠くサハラ砂漠の地で武装集団の襲撃を受けた日本企業の駐在員たち。きのう、羽田空港に並ぶ犠牲者のひつぎをニュースで見ながら、言葉を失った。

 声を聞きたくても、かなわない。遺族の嘆き、悲しみは察するに余りある。

 もっと言葉を紡いでほしかった。このところ、そう思わせる悲報が相次ぎ届く。舌鋒(ぜっぽう)鋭かった大島渚監督、ぬくもりの伝わる詩を書き続けた柴田トヨさん、そして米国のベアテ・シロタ・ゴードンさん。

 少女時代を日本で過ごし、連合国軍総司令部(GHQ)の一員として22歳の若さで日本国憲法の草案づくりに関わったのがゴードンさんだ。彼女が手掛けた人権関連の多くは途中で削除されるが、その思いは24条に脈々と息づく。

 第1項はこうだ。「婚姻は、両性の合意のみに基(もとづ)いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」

 読み直すたびに「相互の協力により」といったくだりに、はっとさせられる。

 晩年のゴードンさんはしばしば来日し、各地で講演した。10年前には広島市内でも「米国の憲法より優れている。歴史の英知がつくったもの」と現行憲法をたたえた。

 GHQによる押しつけ憲法だと批判されて久しい。今は改憲論議が本格化しそうな政治情勢でもある。

 ただその前に、互いが尊重し合う家庭を築いているか、男女同権をはじめ憲法の精神は私たちの暮らしに根付いているのか、身の回りの再点検が必要ではなかろうか。

 9条を「戦争が生んだ真珠」と形容したゴードンさん。広島では「世界のモデル。ほかの国はまねるべきだ」とも述べている。

 もう肉声は聞けない。代わりに彼女が語ってきた言葉をしっかり記憶したい。

(2013年1月26日朝刊掲載)

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