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社説・コラム

天風録 「カズンズ氏と山岡さん」

 名勝縮景園にほど近い広島流川教会。1年間の建て替え工事を経て来週のお披露目を待つ。被爆後、この教会の谷本清牧師が心血を注いだことの一つが「渡米治療」だ。1955年、顔や体にケロイドがある若い女性25人を米国に送り出した▲きっかけは米国のジャーナリスト、ノーマン・カズンズ氏の取材活動。教会で山岡ミチコさんらと面会した。原爆の爪痕に衝撃を受け、以後、牧師とともにいばらの道を歩んだ▲山岡さんらにすれば、当の原爆投下国に渡る不安はいかばかりか。振り絞った勇気、それ自体が歴史をつくったといっていい。かの国に過酷な現実を知らしめ、日本国内では被爆者医療への奮起を促した▲それだけではない。カズンズ氏は後に、ケネディ大統領がソ連に送った密使として軍縮交渉にも関わった。部分的核実験禁止条約の陰の立役者とも。広島の女性たちのことが頭から離れなかったに違いない▲「深い傷を負い、外に出ることさえできなかった私が立ち直った」と証言を重ねた山岡さん。きのう訃報が届いた。修学旅行生に説いた「一生懸命に生きて」という言葉通りの生涯。生きづらさを抱える小さな胸にも刻まれたはずだ。

(2013年2月4日朝刊掲載)

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