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社説・コラム

今を読む IT弱者支援

教育の機会 広がる時代へ

 ボランティアガイド団体「平和のためのヒロシマ通訳者グループ(HIP)」の設立に参加して30年近くなる。高齢者のIT活用では先端をいっていると自負している。

 長年の仲間である小倉桂子さんは毎日何十通も届く電子メールをチェックし、翻訳者に原稿を送り、戻ってきた翻訳文をワープロソフトで校正する。荒谷勲さんもHIP宛てに送られてくるメールを読み、迅速に丁寧な返事を書く。2人とも被爆者で、自分の体験を英語で話せるのだ。

 HIPではガイド募集情報を電子メールで会員に一斉配信し、応募の先着順にガイドを決める方法をとっている。パソコンを持たない会員や高齢者も携帯電話でメールを使える人は多く、平等に情報を伝えることができる。

 今、携帯電話を持たない高齢者を探すのは案外難しい。スマートフォン(多機能携帯電話)を使えば、パソコンでやってきたことの多くができてしまう。

 ブログに加えフェイスブックやツイッターなど新しいタイプのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が登場し、市民相互の情報伝達が瞬時に広範囲にできるようになった。一種の社会インフラを形成しようとしている。しかも世界規模で―。

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 「アラブの春」と呼ばれる民主化運動では、インターネットによる情報伝達が大きな力を発揮した。米国の「ウォールストリートを占拠せよ」行動でも、人々の結集にSNSが活用された。街路の座り込みは見られなくなったが、今でもフェイスブックで情報交換は続けられている。

 中国ではツイッターに当たる「微博(ウェイボー)」に日々膨大な数の投稿があり、しかも政治問題について激論が戦わされている。政権は投稿を検閲し、反政府的な書き込みを削除しているものの、中国社会唯一の公共圏である微博に集う市民の力は無視できないものになっていよう。

 日本でも毎週末、首相官邸前に集う脱原発デモに、古くからの活動家ではない市民の姿が多く見られる。これもSNSの普及が背景にある。

 身近なところでは昨年3月、パルコ広島店近くで、白地に黒いペイントの愛らしい壁画が登場した。取り壊し予定のビルの内外を、広島の若手アーティストが期間限定の制作発表の場とする「キヲクの再生プロジェクト」。アーティストの数は100人近い。これもフェイスブックで効果的に発信した活動だ。

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 市民活動にITを活用することは日常的な光景になってきたし、今後はよりいっそう普及するだろう。だが、問題はそこから取り残されるIT弱者である。どのように支援すれば良いのだろうか。

 一つのヒントは氏間和仁・広島大大学院准教授の取り組み。氏は複数の支援学校・学級で、弱視の生徒たちに米アップルの「iPad(アイパッド)」を貸し出している。

 カメラのズーム機能で文字を拡大して読みやすくし、これまで授業に付いていけなかった子どもたちの理解を助けるようになった。物が見えにくいため外出がおっくうだった子どもたちが、積極的に外に出る効果も表れたという。

 アイパッドには文字の拡大、音声から文字への変換、文字の音声読み上げなど、障害者支援の機能が多く組み込まれている。高齢者にも有効で、氏が成人向けに開く講座も好評だという。

 最新のタブレット端末はそのまま、IT弱者を支援する機能を備えている。私たちはそのことをもっと広く知らせ、教育の機会を広げる必要があろう。

 公民館などの公共施設で高齢者や障害者を対象にしたタブレット端末利用講座を開催する。講座を委託する民間企業や市民団体に機器導入や人材確保のための支援をする。利用者の購入負担軽減を支援する。こうした取り組みが、行政には求められるのではないか。

 むろん民間にもできることは多い。IT弱者教育の人材育成を進めることだ。IT弱者を含む多くの人々がインターネットのコミュニケーションを共用できる時代。それを私たちの手で築きたい。

平和のためのヒロシマ通訳者グループ事務局長 山田順二
 62年福岡県大牟田市生まれ。90年広島大大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得退学。環境コンサルタント企業やインターネット活用支援NPOでシステムエンジニアとして働く。共著書に「ヒロシマ事典」「HIPの平和公園ガイド」など。広島市西区在住。

(2013年2月23日朝刊掲載)

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