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社説・コラム

社説 施政方針演説 「ばら色」が過ぎないか

 「世界一を目指す」と繰り返したのが耳に残った。安倍晋三首相はきのう行った施政方針演説で、経済成長による日本再生を高らかにうたった。

 首相就任から2カ月余りになる。市場では「アベノミクス」への好感から円安・株高基調が続く。内閣支持率も、ついに7割を超えた。何より景気回復への期待が大きいのだろう。

 今後は実体経済を下支えし、国民の懐を潤す具体的な手だてが求められるはずだ。政策の裏付けがないまま、世界一という言葉を安易に使うようなら説得力に乏しい。施政方針は「ばら色」過ぎる印象が拭えない。

 もちろん国民に希望を与えるのは大切だ。とりわけ大震災の被災地に対しては強いメッセージを送る必要がある。首相が真っ先に触れ、復興の加速や福島の住民の早期帰還に全力を尽くすと約束したのは当然だろう。

 ただ演説を聞く限り、日本全体を元気にする方向性が示されているとは言い難い。

 成長戦略の中身を、どこまで示すかが注目されていた。アベノミクスにおいては金融緩和、財政出動に続く「三本の矢」の最後の一手となるからだ。

 首相はいくつか例を出した。まず日本食を世界に売り込む「攻めの農業」である。それによって美しい棚田の風景など伝統文化を守る、とした。

 さらにはiPS細胞の活用をはじめ先端医療の推進と海外展開、アニメなどの日本文化を国際ビジネス化する「クール・ジャパン」なども挙げている。

 個別にみれば、可能性を秘めていよう。だが経済を底上げする推進力としては物足りない。

 やはり首相の成長戦略の本命は環太平洋連携協定(TPP)なのだろう。正式な参加表明はもう目前のようだ。

 だが演説自体が既に矛盾を抱えている。「看板」の農業への影響が懸念されるからだ。守るとした棚田にしても、地方の農家が競争にさらされれば消滅する恐れがある。そこをどう考えているのか。

 原発再稼働を明言したのも気になる。しかも国内の産業空洞化やエネルギーコストという文脈の中である。安全面で妥協しないことや原発依存度を低減していく方針に言及したものの、どうしても産業界の意向を優先しているように思える。

 何より求められるのは国民の視点に立つことではないか。

 安倍路線がもたらす負担の行方も、はっきり示してもらいたい。「国土強靱(きょうじん)化」を理由に公共事業を増やしたとしても、その借金を払うのは将来世代である。加えて社会保障費の増大も続いていく。思い切った行財政改革が求められるのは、どの政権でも同じはずだ。

 施政方針では、その点の踏み込みが甘い。年金をはじめ社会保障制度改革についても、議論が停滞する国民会議に「丸投げ」したままだ。

 戦後日本のさまざまな仕組みが行き詰まり、社会の閉塞(へいそく)感に結び付いている現状を、安倍政権も十分に認識すべきである。

 きのうは過去最大規模の新年度予算案が国会に提出された。野党は首相にしっかり論戦を挑んでほしい。参院では否決濃厚とみられた補正予算が今週、野党議員の棄権などで可決される事態が起きた。同様の混乱を繰り返すようでは困る。

(2013年3月1日朝刊掲載)

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