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社説・コラム

天風録 「春は名のみの」

 「春一番」がきのう山陰で観測された。立春の後に初めて吹く南寄りの強い風。長崎県壱岐の漁師が海難を恐れてそう呼んだ。この季節、雨を伴う南東の風を「ようず」とも。萩市見島に伝わる凧(たこ)「鬼ようず」を連想する人もいよう▲いにしえの日本は草原の国だった。中国山地の早春にも野焼きの景が似合う。大田市の三瓶山麓の営みを思い出した。火入れと放牧が保ってきた草原の美しさから国立公園になって、ことしで50年を迎える▲穏やかな風の日なら火入れの好機だ。炎は風下から風上へ広がる。人は水を背負い、延焼から山を守る。燃え残りから青い煙が上がり、やがてモノクロに。黄金週間の前には若草が芽生え、緑のじゅうたんに変わる▲そんな山もあれば、鉄の鳥が突如、風を巻き起こす里もありはしないか。あのオスプレイが来週、岩国基地を拠点に低空飛行訓練するという。「訓練空域だけでなく、どこを飛ぶやら」と住民の不安は募る▲春は名のみの風の寒さや。唱歌「早春賦」の一節がふと浮かぶ。自然のことわりなら寒さが戻るのも一興だろうが、予期しない風に背筋が寒くなっては。鬼ようずの形相で、かの鳥を退散させたくもなる。

(2013年3月2日朝刊掲載)

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