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社説・コラム

天風録 「路傍の石」

 フクシマを予見したのではあるまいか。「広島は毎日起こりつつある現実」という言葉に、はっとする。思想家の丸山真男が1960年代の終わり、本紙記者に自らの被爆体験を明かしていた▲著作にはない語り。住人ではなく傍観者だったからと、手帳も申請していない。広島で陸軍の一兵卒だった頃の無力感さえにじむ。戦後民主主義の旗手でありながら、「路傍の石にすぎないんだけれども」と、慎重に口を開いた▲あらがうことなく蹴飛ばされる路傍の石。山本有三の、その題の名作を思い出す。戦前、映画化されるほどの人気を誇るも、統制の時代に迎合できず連載のペンを折った。再開した戦後は占領軍の検閲に難渋する▲それでも日本人は主人公の人生に共感してきた。少年吾一が悪童に唆され、鉄橋にぶら下がる無鉄砲をしでかす場面。担任の次野先生はおまえの名前はね、と諭す。「われはこの世にひとりしかいない、という意味だ」と▲石ころにも意地はある。やがて反撃のつぶてに。丸山はこうも言う。たまっていくものを発酵させる以外、本当のものは出てこない、と。フクシマが思想として熟すなら、この国にも希望の2字はあろう。

(2013年3月6日朝刊掲載)

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