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社説・コラム

天風録 「風化と闘う」 

 人にとって一番やりきれないことは何か。人に忘れ去られることだ。宮本常一の談を記事に引用したことがある。岩手日報の編集局長も同じ感慨を抱いていた。「震災の記憶は日を追って遠ざかる」と前置きして▲昨秋、彼らが編んだ「風化と闘う記者たち」にある。震災1年で始めた連載は題して「忘れない」。県内の遺族を訪ねて故人の人となりを聞き、顔写真を借りて紙碑にのこす。犠牲者・不明者6千人。気の遠くなる営みである▲時には亡き人の思い出話をしよう。永六輔さんが「お話し供養」を近著で勧めている。私たちが忘れない限り、その人は存在していて消えない。音楽を通じた年下の友、坂本九さんのこともそうだ▲永さん作詞の「上を向いて歩こう」。被災地で「ひとりぼっちの夜」の一節を歌いたくないと訴えた人がいて、永さんはうなずく。はやり歌なんだから、九、新しく歌ってくれよと―。そう天に呼び掛けるのも供養だろう▲ヒロシマと書けば残りの日常の広島はもう祈らずよいか(谷村はるか)。この地に暮らした若手歌人が詠んだ。フクシマと書き東北と書く日も、書かない日も、思いをはせたい。あの日から何年がたとうと。

(2013年3月11日朝刊掲載)

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