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社説・コラム

天風録 「いちがさけた」

 「とっぴんぱらり」とか「昔こっぷりドジョウの目」だとか。民話の語り手は決まり文句で終止符を打つ。福島弁では「いちがさけた」が定番らしい。一期(いちご)が栄えた、つまりハッピーエンドの生涯だった、という意味▲倉敷市内でおととい演じられた市民ミュージカルの一幕に、そのいわれが出てきた。すきま風吹く家族の糸や地縁を紡ぎ直していく舞台に、原発事故で倉敷に身を寄せた夫婦が絡む。風のような旅人と土着の人とが溶け合う「風土」の物語とも受け取れた▲役のモデルらしい避難者が観劇パンフに手記を寄せている。職を失い、新築間もない家を後にしたやるせなさ。何も変わらぬ東京のありさまにがくぜんとしたという。再稼働にはやる足音はどう聞こえていることか▲「どうか、私たちの未来を残してください」。大団円で2分近い、少女のせりふに客席は静まり返った。福島から倉敷へ家族ともども逃れた小6の大見夏鈴(かりん)さん。今も震え続ける心と響き合う、せりふ以上の言葉だったに違いない▲夏鈴さんの一家は今、広島県の賀茂台地にいる。風景も人柄も穏やかなところが良いそうだ。つらい体験を「いちがさけた」と昔語りにできる日よ、いつか。

(2013年3月19日朝刊掲載)

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