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社説・コラム

『論』 中国の夢 国民が等しく抱けるか

■論説委員 田原直樹

 中国の全国人民代表大会(全人代)の最終日、習近平国家主席が演説で何度も口にした言葉がある。「中国の夢」だ。

 新指導者がいう夢とは「中華民族の偉大な復興」である。勇ましいスローガンで、人民13億人の意識をくすぐり、束ねたいのだろう。  しかし、そう簡単にいくとは思えない。1月末に訪ねた北京で、中国社会が抱える問題の一端を見た。

 小さな事故だった。乗っていたバスが、違法駐車に進路をふさがれ後退したところ、後ろの乗用車に接触した。

 落ち度は乗用車側にもある。渋滞に業を煮やしたらしい。バスを追い越そうと、何と横断歩道へ進入。動きがとれなくなり、バスを避けられなかったのだ。

 ところが、車の男性は自らの浅慮を棚に上げ、バス側に弁償を迫る。揚げ句に有力者と親しいとまで口にした。結局、先を急ぐバス側が200元(約3千円)を払うことで事を収めた。

 非を認めたら負けとばかり、わずかなお金やメンツのために強弁し、権力をちらつかせ威圧する―。「世の中、そんな人が増えた」。同行していた中国人ガイドは、祖国の風潮や同胞の変貌ぶりにため息をついた。

 20年近く中国に暮らす日本人も語る。「もうけ話に乗り遅れまいと、皆きょろきょろしている。こちらまで疲れる」

 もちろん、日本にもこの手合いはいるし、中国人が皆、拝金主義に染まったわけではない。だが、急激な経済成長をしてきた大国で、人々はきゅうきゅうとしているようだ。

 背景にあるのは、どんどん広がる貧富の格差だろう。富の享受が約束された特権階級や既得権益層と違い、一般の国民は常に気を張っていないと恩恵にあずかれないという現実が、人々を駆り立てるのではないか。社会が抱えるストレスの大きさが思われた。

 中国が内包する病巣やひずみは深刻だ。汚職で年16万人を数える官僚や共産党員が処分されている。また、無理な成長追求がたたり、大気や水質、土壌の汚染が進行。早晩、健康を損ねる人が大勢出ないか案じられる。

 年18万件にも上るという抗議活動が、鬱積(うっせき)した不満や憤りを物語る。昨年の反日デモもその一つだろうか。しかし滞在中、「反日」の雰囲気や言動に遭遇することは一度もなかった。

 身近な問題の解決を望む国民に対し、国外へ目をそらせることでやり過ごそうとする指導部。これでは偉大な復興を夢とうたったところで、同床異夢だろう。

 海洋局の強化など、尖閣諸島をめぐる中国側の動きは激しさを増す一方だが、国民の思いとは必ずしも一致していないようだ。なのに、中国の人々に反感を募らせていては、問題の解決は遠のき、衝突が現実のものになりかねない。

 中国の若い世代の間では今も日本語の学習熱が高い。現地の日本人からそんな話を聞いた。アニメなどに触れており、日本好きが多いという。

 今こそ文化交流を進めるときだろう。国民レベルの理解を深めていくことが、和解への道を開くに違いない。

 事実上、政府方針を追認する全人代で、ことしは変化が見られた。国家予算案に「反対」と「棄権」の票が2割を超したのだ。環境汚染や格差拡大への対策が甘いことに対する不満の表れだろう。

 国民は軍拡よりも、社会構造の変革のほうに「夢」を抱くのでは。格差是正にこそ力を傾けるべきだ。「隗(かい)より始めよ」と、日本へ切り返されるだろうか。

(2013年3月21日朝刊掲載)

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