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社説・コラム

『言』 イラク戦争と劣化ウラン弾 検証し独自の平和外交を

◆嘉指信雄・神戸大大学院教授

 イラク戦争の開戦から10年がたった。米ブッシュ政権が開戦の大義とした「フセイン政権の大量破壊兵器」は見つからなかったが、その米国を日本は一貫して支持した。あの戦争からどんな教訓を得るのか。イラクで使用されてきた劣化ウラン弾の被害問題に取り組む嘉指信雄・神戸大大学院教授(59)に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、写真・福井宏史)

 ―市民11万人が犠牲になったといわれます。それでも米国は「イラクの民主化」を戦争の大きな業績と総括しました。
 イラン・イラク戦争、湾岸戦争に続く軍事侵攻がもたらしたのは、疲弊と混乱ばかりです。市民生活は今もテロの不安と隣り合わせ。活気を取り戻した地区は一部にとどまります。劣化ウランによる土地の放射能汚染は、民主化どころか国土の復興を妨げています。矛盾だらけの弁明ではないでしょうか。

 ―イラク戦争と日本との関わりをどう評価していますか。
 開戦にはフランスやドイツなど多くの国が反対したのに、日本政府は真っ先に支援を表明しました。国内の反対を押し切り、陸上自衛隊のサマワ駐留や航空自衛隊の輸送支援に突き進みました。一連の意思決定はどんな経緯でなされたのか。オープンな場で徹底的に検証するべきです。それを置き去りにしたまま、集団的自衛権の行使容認や憲法改正を目指す動きが活発になっていることに強い危機感を覚えます。

 ―外務省は昨年12月に総括をまとめています。非公式で議論した末、4ページの要約を公表しただけではありますが。
 検証と呼ぶに値しません。民主党政権の混乱と政権交代とが重なり、政治家主導とならなかったことは本当に残念です。英国では独立検証委員会が設置され、ブレア元首相らが喚問されました。小泉純一郎元首相も国民の前で語るべきです。

 ―主に対戦車用の砲弾として劣化ウラン弾が使用されたことが明らかになっています。
 交流を続ける現地医師らの証言によると、戦闘が激しかった地域を中心に新生児の先天性異常が急増しています。小児がんや白血病の発症率の増加も明らかです。イラクでは1991年の湾岸戦争で300トンを超える劣化ウランが使われ、深刻な健康被害をもたらしました。加えてイラク戦争の影響です。

 ―がん発症と劣化ウラン弾の因果関係を米国は認めていません。なぜですか。
 戦場では有害物質を含む他の兵器も使われ、複合的な被害となっていることは確かです。公害病と同じく、一人一人について病気の原因を特定することは難しい。だからといって被害の否定はできません。湾岸戦争の帰還米兵たちも、体の不調を訴えています。米国からすれば、被害を認めたら戦争の正当化が足元から揺らぎかねないという一面があります。

 ―日本では多くの人がイラク戦争を忘れかけていませんか。
 検証は東日本大震災後の日本を問い直す上でも欠かせないはずです。イラクでは低レベル放射性廃棄物を再利用して造られた兵器が大量に使われてきました。人々が微粒子を吸い込む内部被曝(ひばく)が問題の核心です。広島と長崎に原爆を投下された、そして福島で原発事故を起こした日本にとっても、決してひとごとでないことを知ってほしい。

 ―イラク戦争を教訓に、日本が目指すべき国際貢献は。
 劣化ウラン弾が再び使われないための取り組みを求めたい。禁止条約の実現に向け、被爆国が主導するべきです。米国の顔色をうかがうことに終始するのではなく、独自の平和外交を打ち立てる一歩とするのです。

 ―米国は国連で劣化ウラン弾を議論することすら反対です。日米同盟を最優先とする日本に、本当にできるのですか。
 ベルギーは国内法で劣化ウラン弾の禁止を定めました。欧米の軍事同盟の北大西洋条約機構(NATO)が本部を置く国です。ノルウェーもNATO加盟国ですが、この問題に熱心です。われわれが活動する国際団体に、助成金を出し支援してくれています。非人道的な兵器を問題視する外交姿勢を確立させているのでしょう。日本にできないはずがありません。

かざし・のぶお
 静岡市生まれ。東京外国語大地域研究科修士課程修了。米エール大で哲学博士号取得。広島市立大教授を経て01年から現職。専門は現代哲学。市民団体「NO DU ヒロシマ・プロジェクト」代表。NGO「ウラン兵器禁止を求める国際連合」の運営委員も務める。共著に「終わらないイラク戦争 フクシマから問い直す」など。広島市佐伯区在住。

(2013年3月27日朝刊掲載)

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