『言』 朴槿恵政権と日韓関係 したたかさ踏まえ戦略を
13年5月15日
◆浅羽祐樹・山口県立大准教授
島根県の竹島や安倍晋三首相の歴史認識、閣僚の靖国参拝などをめぐって日韓のあつれきが再び強まっている。橋下徹大阪市長からは従軍慰安婦を容認する発言まで飛び出した。日本は朴槿恵(パク・クネ)政権とどう付き合うべきか。より戦略的な対韓外交の必要性を説く山口県立大国際文化学部准教授の浅羽祐樹さん(37)に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、写真・山本誉)
―近著で「したたかな韓国をなめてかかると足をすくわれる」と述べています。
韓国は外交戦略でも格段に力を付けています。激しい大統領選を勝ち抜いた朴政権も、賢い外交ゲームを仕掛けてくるでしょう。日本は相手の置かれた立場や次の一手を読んだ上で、対韓外交の戦略を探るべきです。日韓関係が構造的に変化していることを自覚せず、上から目線のままでは対等な相手として向き合うことができません。
―朴大統領は先日、米国で日本の歴史認識を批判しました。2国間問題を国際的な文脈に乗せて注目を集める手腕ですね。
6年前には、米下院で慰安婦たちに公式謝罪するよう日本に求める決議が可決されました。韓国は国連人権委員会でも攻勢に出ています。日本を名指しせず「戦時下の女性暴力」一般を批判するにとどめていますが、普遍的な人権問題として位置付ける狙いが明らかです。
―一方の日本はいかにも苦しい対応ですね。
「狭義の強制性」の有無に固執して反論しても、グローバルな人権感覚とは離れており通用しません。韓国のロビー活動を批判したところで、時計の針は戻せません。外交敗北に近い現実を直視し、早期の決着を図るのが戦略的な判断でしょう。
―昨年竹島に上陸した李(イ)明博(ミョンバク)前大統領は、途中で対日強硬路線に転じたようにみえました。朴大統領も同じでしょうか。
女性として、慰安婦問題でさらに強硬になる可能性はあります。ただ大統領が誰であれ、常に反日世論との間で難しいかじ取りを迫られます。対日政策の選択肢は狭いのです。
―大統領を決定的に縛ることとなったのが、2年前に韓国憲法裁判所が下した違憲判決だと指摘していますね。
慰安婦問題について「解決への努力を政府が怠っているのは違憲」と判断したものです。自由民主主義体制の下で憲法が政治指導者を縛るのは、当然でもあります。朴大統領はとにかく行動を取らざるを得ません。安倍政権が対応を誤れば、深刻な問題に発展しかねません。
―どういう意味でしょう。
1965年の日韓基本条約と請求権協定により個人も含めた請求権問題は、法的には「完全かつ最終的に解決された」ことになっています。これを国交正常化から半世紀となる2015年に見直すべきだ、と韓国の市民団体などが主張しているのです。朴政権としては日韓の法的枠組みを揺るがす事態を避けたいのですが、国内の反日世論が高まると苦しくなります。
―日韓条約見直しですか。
それにとどまりません。日朝平壌宣言は、対日請求権を放棄した日韓方式に沿って対北経済協力を検討するとしています。北朝鮮との国交正常化に波及する恐れすらあるのです。靖国参拝や歴史認識をはじめ、サンフランシスコ講和条約に基づく「戦後レジーム」に挑むような言動は米国の反発も招きます。
―もつれた糸を少しでもほぐす策はありますか。
難しいですが野田前政権の日韓交渉が出発点になります。村山政権時の「アジア女性基金」のようなものを今度は完全に政府出資でつくり、慰安婦へのおわびと人道的な支援をする構想が水面下で検討されました。日韓条約体制には波及させないという政治的な深慮がにじむ案でした。大統領選前の政争に巻き込まれ頓挫したのは残念です。
―再検討は可能でしょうか。ハードルは高そうです。
探る価値はあります。北朝鮮の核危機や、力の行使に傾斜する中国と向き合うためにも日韓関係の安定は不可欠です。2国間を閉じた関係としてではなくグローバルな秩序の再編の中に位置付け、双方が打つ手を先読みしていくべき時代でしょう。
あさば・ゆうき
大阪府泉南市生まれ。立命館大国際関係学部卒業、ソウル大大学院博士課程修了(政治学博士)。九州大韓国研究センター講師などを経て10年4月から現職。専攻は比較政治学、韓国政治。著書に「したたかな韓国 朴槿恵時代の戦略を探る」。共著に「徹底検証 韓国論の通説・俗説 日韓対立の感情vs.論理」。
(2013年5月15日朝刊掲載)
島根県の竹島や安倍晋三首相の歴史認識、閣僚の靖国参拝などをめぐって日韓のあつれきが再び強まっている。橋下徹大阪市長からは従軍慰安婦を容認する発言まで飛び出した。日本は朴槿恵(パク・クネ)政権とどう付き合うべきか。より戦略的な対韓外交の必要性を説く山口県立大国際文化学部准教授の浅羽祐樹さん(37)に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、写真・山本誉)
―近著で「したたかな韓国をなめてかかると足をすくわれる」と述べています。
韓国は外交戦略でも格段に力を付けています。激しい大統領選を勝ち抜いた朴政権も、賢い外交ゲームを仕掛けてくるでしょう。日本は相手の置かれた立場や次の一手を読んだ上で、対韓外交の戦略を探るべきです。日韓関係が構造的に変化していることを自覚せず、上から目線のままでは対等な相手として向き合うことができません。
―朴大統領は先日、米国で日本の歴史認識を批判しました。2国間問題を国際的な文脈に乗せて注目を集める手腕ですね。
6年前には、米下院で慰安婦たちに公式謝罪するよう日本に求める決議が可決されました。韓国は国連人権委員会でも攻勢に出ています。日本を名指しせず「戦時下の女性暴力」一般を批判するにとどめていますが、普遍的な人権問題として位置付ける狙いが明らかです。
―一方の日本はいかにも苦しい対応ですね。
「狭義の強制性」の有無に固執して反論しても、グローバルな人権感覚とは離れており通用しません。韓国のロビー活動を批判したところで、時計の針は戻せません。外交敗北に近い現実を直視し、早期の決着を図るのが戦略的な判断でしょう。
―昨年竹島に上陸した李(イ)明博(ミョンバク)前大統領は、途中で対日強硬路線に転じたようにみえました。朴大統領も同じでしょうか。
女性として、慰安婦問題でさらに強硬になる可能性はあります。ただ大統領が誰であれ、常に反日世論との間で難しいかじ取りを迫られます。対日政策の選択肢は狭いのです。
―大統領を決定的に縛ることとなったのが、2年前に韓国憲法裁判所が下した違憲判決だと指摘していますね。
慰安婦問題について「解決への努力を政府が怠っているのは違憲」と判断したものです。自由民主主義体制の下で憲法が政治指導者を縛るのは、当然でもあります。朴大統領はとにかく行動を取らざるを得ません。安倍政権が対応を誤れば、深刻な問題に発展しかねません。
―どういう意味でしょう。
1965年の日韓基本条約と請求権協定により個人も含めた請求権問題は、法的には「完全かつ最終的に解決された」ことになっています。これを国交正常化から半世紀となる2015年に見直すべきだ、と韓国の市民団体などが主張しているのです。朴政権としては日韓の法的枠組みを揺るがす事態を避けたいのですが、国内の反日世論が高まると苦しくなります。
―日韓条約見直しですか。
それにとどまりません。日朝平壌宣言は、対日請求権を放棄した日韓方式に沿って対北経済協力を検討するとしています。北朝鮮との国交正常化に波及する恐れすらあるのです。靖国参拝や歴史認識をはじめ、サンフランシスコ講和条約に基づく「戦後レジーム」に挑むような言動は米国の反発も招きます。
―もつれた糸を少しでもほぐす策はありますか。
難しいですが野田前政権の日韓交渉が出発点になります。村山政権時の「アジア女性基金」のようなものを今度は完全に政府出資でつくり、慰安婦へのおわびと人道的な支援をする構想が水面下で検討されました。日韓条約体制には波及させないという政治的な深慮がにじむ案でした。大統領選前の政争に巻き込まれ頓挫したのは残念です。
―再検討は可能でしょうか。ハードルは高そうです。
探る価値はあります。北朝鮮の核危機や、力の行使に傾斜する中国と向き合うためにも日韓関係の安定は不可欠です。2国間を閉じた関係としてではなくグローバルな秩序の再編の中に位置付け、双方が打つ手を先読みしていくべき時代でしょう。
あさば・ゆうき
大阪府泉南市生まれ。立命館大国際関係学部卒業、ソウル大大学院博士課程修了(政治学博士)。九州大韓国研究センター講師などを経て10年4月から現職。専攻は比較政治学、韓国政治。著書に「したたかな韓国 朴槿恵時代の戦略を探る」。共著に「徹底検証 韓国論の通説・俗説 日韓対立の感情vs.論理」。
(2013年5月15日朝刊掲載)