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社説・コラム

『アングル』 急な「備え」 湧かぬ実感 原発災害の緊急防護域 上関の八島ルポ 

 室津半島沖の周防灘に浮かぶ山口県八島(上関町)は、平氏一族が住みついた伝説を持つ半農半漁の静かな島だ。四国電力伊方原発(愛媛県)の30キロ圏内として原発事故に重点的に備える緊急防護措置区域(UPZ)に設定されたことで急にスポットが当たった。県と町は避難計画策定などの対応を迫られる一方、島民にはのどかな暮らしと、過酷な事故を想定した備えとのギャップに戸惑いも広がっている。(久保田剛)

 上関町中心部の室津港から定期船で約30分。ひょうたんの形をした八島に着いた。島中央にある唯一の集落は、山沿いの斜面に寄せ合うように家屋が張り付く。細道を歩くと、屋根が崩れ、ツタが壁に生い茂る無人の家屋が目に入った。

 小島ながら、かつては畜産や漁業も盛んだった。いまは島民は30人ほど。1人を除き全員が65歳以上の高齢者だ。八島小も1986年に廃校となり、跡地には県が設置した真新しい放射線監視装置(モニタリングポスト)が立つ。

定期的に訓練へ

 「目に見えない放射線に多少の不安はあるが、事故はそう起きるもんじゃない。逃げる言うても良い行き先があるかどうか」と近くに住む田崎寿春さん(85)。「仕事がなく若い人は帰ってこない。今に無人島になる」と話し、過疎高齢化に気をもむという。

 集落は伊方原発から約31キロ。30キロ圏には入らないが、県は「高齢者が多く避難対策を準備する必要がある」などの学識者の意見を踏まえ、島全体をUPZに設定した。メルトダウン(炉心溶融)なども想定した新たな地域防災計画をまとめた。計画には、避難訓練の定期的な実施も盛り込んだ。

 粛々と進む原発事故への備え。集落を見下ろす高台ですれ違った女性は「逃げられるかね。専門家でもないし、正直よく分からない」。別の女性は「伊方原発の…」と尋ねると「あと何年生きられるかも分からんのに、気にしちょらんよ」と笑った。

動く漁船は数隻

 本土と結ぶ1日3便の定期船は小さく、悪天候で欠航することもある。町が策定する具体的な避難計画では、県のヘリコプターや海上保安庁の船なども検討されるとみられる。町によると、災害時に援護が必要な人も13人いる。町は「高齢者をいかに安全に避難させるかが鍵」と言う。

 伊方原発は運転開始からすでに36年。福島第1原発事故を受けた突然の「危機への備え」に対し、島民は実感の湧かぬまま直面している。

 八島区長の大田勝さん(75)は「動けない人を助け、最後に島を出る。足腰が丈夫で元気な人は、みんなそう考えている」。島で動かせる漁船は数隻。島民はこれまでも急病人が出れば、協力して船に乗せ、島外に運んできた。

 互いに支え合う島の暮らし。大田さんはそれを続ける覚悟とともに「そもそも避難するような事故が起きる原発なら、どいてもらわんといけん」と淡々と話した。

上関町八島
 町中心部から約12キロ離れた県最南端の島。面積約4.2平方キロ。1960年には669人が暮らしていたが現在は約30人に減った。簡易郵便局、町立八島診療所などがある一方、商店は一つしかない。明治以降にはハワイ移民を多く輩出した。肉牛の飼育やタバコ栽培、漁業などを生業としたが、現在は大半が年金に頼っている。

(2013年5月21日朝刊掲載)

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