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社説・コラム

社説 インドへの原発輸出 軍事転用の恐れ拭えぬ

 核の不拡散よりも、経済のメリットを優先するのだろうか。政府は原発の輸出を可能にする原子力協定をめぐり、インドと交渉再開で合意する見通しだが、懸念されるのは軍事転用の危険性である。

 インドとの原子力協定は民主党政権下で交渉が進展し、広島、長崎両市は「到底容認できない」と反対の意思を示していた。福島での原発事故により、交渉はいったん途切れた。

 日本政府は、原発の新設計画が相次ぐインドでの売り込みを加速させ、国内の景気浮揚につなげたいのだろう。

 一方、成長が著しいインドは、慢性的な電力不足に悩んでいる。日本の優れた原発技術によってエネルギー供給を安定させ、海外からの投資を促すのが狙いであろう。

 だが、インドは核拡散防止条約(NPT)に加盟しないまま、1998年にも核実験を強行した国である。カシミール地方の領有権をめぐって、隣国パキスタンとの軍事衝突も繰り返してきた。

 NPT加盟を拒否した状態で核開発を進め、核実験を強行した際には国際社会から強い非難を浴びている。包括的核実験禁止条約(CTBT)にも署名していない。

 NPTに基づく核不拡散を主張してきた日本が、NPTに背を向けるインドに核技術供与で協力することは大きな矛盾にほかならない。

 原子力技術は核兵器へ軍事転用できる。NPTに加盟していないインドに、原発の機器や技術を輸出すれば、核拡散に加担することになりかねない。

 それは被爆国自らNPT体制の空洞化を招くことに等しい。非核外交の名に恥じる行為となりはしないだろうか。

 インドは2008年、米国と原子力協定を結び、核実験の一時停止と、国際原子力機関(IAEA)による原発の査察受け入れを表明している。しかし、その対象に軍事施設は含まれていない。

 現状では、核兵器開発のチェックは厳格とはいえまい。NPTから脱退して核開発を続ける北朝鮮にも誤ったメッセージを与えることになる。

 NPTは米国やロシアなど5カ国にだけ核保有を認めるなどの問題はある。しかし唯一の多国間の核不拡散条約でもある。形骸化を招くような事態は避けるべきである。

 気になるのは、安倍晋三首相が成長戦略の一つとして、原発輸出へ前のめりになっていることだ。首相は今月に入り、トルコやアラブ首長国連邦(UAE)と相次いで原子力協定に署名している。

 新興国を中心に原発の新設計画が相次いでいる。首相が原子力協定を急ぐのは、国内メーカーが海外の受注競争で不利にならないように手を打つ経済優先の観点からであろう。

 原子力技術は、核不拡散の考えの下、経済とは別次元で考えるべきことは言うまでもない。万一、悪用されれば、世界の安全と秩序を揺るがす。

 ビジネスの論理ばかりで原発輸出を進めては被爆国としての見識が疑われる。核兵器のない世界へ先頭に立つ覚悟をもって交渉し、核不拡散体制にインドを組み入れる実行力を見せてほしい。

(2013年5月22日朝刊掲載)

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