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社説・コラム

『論』 ヒロシマと赤十字 核の非人道性 訴えの原点

■論説委員 金崎由美

 原爆投下から1カ月後、スイスに本部を置く赤十字国際委員会(ICRC)のマルセル・ジュノー医師が医薬品を携えて広島入りした。多数の人命を救うとともに、原爆被害を世界に告発した「ヒロシマの恩人」。その頃、かろうじて焼け残った広島赤十字病院(現在の広島赤十字・原爆病院)では懸命な治療活動が続いていた。

 赤十字が被爆地で核兵器の「非人道性」に直面してから68年後の先週、24カ国の赤十字社・赤新月社やICRCの関係者が初めて広島の地に集った。

 2年前の2011年、「核兵器の非人道性」を訴える決議を採択している。どう活動を伴うものにするか、具体策を話し合うためだ。秋には行動計画にまとめ、世界中の赤十字社・赤新月社が自国の政府や市民に働き掛ける際の指針となるという。

 議論に参加する機会を得た。印象的だったのは、原爆資料館を見学し、被爆者の松島圭次郎さん(84)から体験を聞いた出席者の反応である。「14万人という犠牲者数だけで語るべきでない。一人一人の被害だ」「被爆者と会い、心を揺さぶられた」。会議で約1時間余りを割き、感想を述べ合った。

 「核兵器の非人道性」を切り口とした議論は、海外の政府や非政府組織(NGO)が主導している。「核兵器使用がもたらす飢饉(ききん)」といったシミュレーション的な議論も活発だ。被爆地と海外を人の輪でつなぎ、実体験に触れてもらう。その意義は大きいと感じた。

 核兵器の問題をめぐって高まる赤十字の存在感。端緒は、米ニューヨークの国連本部で核拡散防止条約(NPT)再検討会議の開幕を控えていた10年だった。ヤコブ・ケレンベルガーICRC総裁が声明を発表し、核兵器のいかなる使用も「非人道的な結果」をもたらし、国際人道法に違反する疑いが強いと指摘した。

 当時、国連本部で取材中、声明を手掛けたICRCの担当者から聞かされた。「この写真を議場に掲げて議論するべきだ、ということ」。日本被団協が開いていた原爆展のパネルを指さした。

 戦時の国際法である国際人道法はジュネーブ条約など複数の条約の総称である。赤十字の活動を位置付けるとともに、市民保護や敵に過度の苦痛を与える兵器の使用禁止などを規定する。

 国際人道法の当事者である人道団体、つまりICRCのアピールとなれば重い。1996年に国際司法裁判所が勧告的意見を出して以来、久々に「非人道性」への国際的な注目が集まる契機ともなった。一部の政府と反核NGOは高く評価した。

 ICRCの総裁声明と11年の決議は、なおも影響力を発揮している。昨春来、ノルウェーなどが国際会議のたびに主導している「核の非人道性」をめぐる共同声明でも毎回引用されている。

 有志国とNGO、赤十字が連携して禁止条約の実現に至った対人地雷やクラスター弾にならいたい。そんな期待も聞こえてくる。

 一方で各国の赤十字の活動は簡単ではないだろう。政府も赤十字も、関心度や立ち位置は国によって違う。日本も例外でない。政府は、米国の「核の傘」の有効性にかかわる動向には強く警戒する。有志国の共同声明にも賛同していない。

 11年の決議を主導した経緯もある日赤は「行動計画に沿って当然、政府に働き掛けていくことになる」という。

 核兵器にすがる国々はどう応えていくのか。

(2013年5月23日朝刊掲載)

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