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社説・コラム

社説 飯島氏訪朝 「拉致」首相は腹据えて 

 飯島勲内閣官房参与の訪朝が、停滞していた日朝関係に一石を投じた。菅義偉官房長官はきのう、昨年11月以降途絶えている政府間協議の再開を検討していることを明らかにした。

 飯島氏の訪朝は安倍晋三首相の了解を得て菅氏が判断したという。秘密裏に進めるつもりだったのだろう。それが北朝鮮側の報道によって明らかになってしまったことが、唐突な印象を与えたことは否めない。

 だが、日本にとって拉致問題は自国民の生命と人権に関わる重大なテーマだ。被害者全員の帰国と真相究明、実行犯の引き渡しを求めるのは当然であろう。米国や韓国から「抜け駆け」との批判は噴出したものの、主権国家が独自の外交手段を取ることはあり得る。

 飯島氏は拉致問題の解決に絞って北朝鮮側に働きかけたとみられる。拉致の疑いを否定できない行方不明者(特定失踪者)の帰国も要求したという。安倍政権はまず、政府認定の拉致被害者の救出に全力を注いで突破口を開くべきだろう。

 民主党政権下ではこの問題はほとんど動かなかった。担当相もたびたび交代し、被害者家族の信頼を失った。その意味で安倍政権は「本気度」を国民に示す好機とみているのではないか。参院選向けのパフォーマンスに終わってはなるまい。

 むろん、米韓などを挑発し続ける北朝鮮に対し、対話姿勢ばかり見せることはできまい。飯島氏には制裁緩和を求めたとも報じられているが、拉致問題のほか核開発と弾道ミサイルの問題で具体的な進展がなければ、応じられるはずもない。

 2月に強行した3回目の核実験以降、北朝鮮は朝鮮戦争休戦協定の白紙化や6カ国協議の非核化を目指す共同声明の無効化を相次いで打ち出した。東アジアの緊張を自ら高めている。

 飯島氏を厚遇する一方で、短距離ミサイルを連日発射して韓国を威嚇するような行動も看過できない。

 このところ、中国が北朝鮮の銀行との取引を停止するなど、北朝鮮への圧力包囲網は強化されている。日本だけが北朝鮮との対話に前のめりになって、策略に乗せられた印象を与えるとしたら、得策ではない。

 今後、首相自身の訪朝という選択肢はあるだろうか。慎重にリスクを測りつつ、拉致被害者の帰国が実現できるなら、そのときは決断を求められるだろう。被害者家族は一日千秋の思いで消息を待っているはずだ。

 逆に米韓との関係を損ねただけで、「果実」を得ることができないという結末なら、政権に打撃さえ与えるだろう。

 拉致問題を先行して解決しようという狙いから、飯島氏訪朝を「官邸外交」とみる批判が外務省内にはあるようだ。高支持率を背景にした政権なら、今後は外務省とも一体となって、総力で取り組んでほしい。

 北朝鮮は2002年に日本と交わした平壌宣言の破棄には触れていない。巨額の経済協力がセットになっているからだろう。その意味で対話の糸口は残っていると言えよう。北朝鮮はまず、拉致問題などの人道問題に誠意を示すべきだ。

 首相は「拉致問題が解決しないなら今行っている圧力は維持する」と明言している。「対話と圧力」の外交しかない。

(2013年5月23日朝刊掲載)

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