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社説・コラム

社説 防衛相演説 「右傾化は誤解」本当か

 小野寺五典防衛相が、安倍政権による防衛力強化や集団的自衛権行使容認に向けた議論について「右傾化を指摘する声は全くの誤解だ」と述べた。シンガポールで開かれたアジア安全保障会議で1日に演説した。国際社会へのアピールといえよう。

 安全保障を議題にする国際会議での話題としては異例であり、参院選を前に安倍晋三首相の意をくんでのことだろう。

 だが「右傾化は誤解」という発言こそ、最近の安倍政権と自民党の防衛戦略に対し、それだけの懸念が内外で生まれていることの証しではないだろうか。

 自民党の国防部会などは先日、政府が今年新たに策定する防衛大綱に「敵基地攻撃能力の保持」を検討するよう求める提言を示した。日本を攻撃できる他国のミサイル基地をたたく能力と解釈できよう。

 歴代自民党政権の安全保障政策の流れの中にあって「専守防衛」とは異質な動きといえないか。憲法9条は1項で戦争放棄を、2項で戦力の不保持を定めている。日本は予算規模で世界5位の「軍事大国」になったとはいえ、憲法の平和主義という「たが」をはめてきた。

 防衛相は演説で「地域の安定のために貢献することが目的だ」と付け加えて理解を求めた。確かに北朝鮮の核開発や挑発行為は東アジアの安全保障にとって深刻な脅威だろう。

 だからといって、日本が敵基地攻撃能力を保持することに直結するだろうか。シンガポールで同時に開かれた日米韓防衛相会談では、対話模索の兆しを見せる北朝鮮の動向について意見交換があり、偵察監視活動の徹底や情報共有を確認した。

 米国の橋渡しで日韓関係の修復が図られたとみられ、北朝鮮に核開発計画の放棄を求めることで一致した。防衛相は情勢の変化を把握しているはずであり、自党内の過剰な反応には自制を求めなければなるまい。

 防衛相演説は日本維新の会共同代表を兼ねる橋下徹大阪市長の従軍慰安婦発言にも触れている。繰り返される不適切な発言が周辺国に誤解と不信を与えたが、安倍政権はそれにくみしない-と釈明した。

 橋下氏の一連の発言の波紋はなお、広がっている。6月に予定していた本人の米国視察は中止に追い込まれた。国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会は先日、「政府や公人による事実の否定、元慰安婦を傷つけようとする試みに反論するよう」日本政府に求めている。

 そもそも安倍首相は就任前、慰安婦募集などで旧日本軍の関与を認定した「河野談話」の内容に事実誤認があると主張していた。その後、政権としては談話見直しを考えていないと軌道修正した。むろん橋下氏は責任回避すべきでないが、安倍政権が一線を画すと表明するだけで済む問題とも思えない。

 防衛相演説は、先の大戦でアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた歴史の事実を謙虚に受け止めるという。歴代政権の公式見解の繰り返しだろう。目新しいものではない。

 アベノミクスで強さを取り戻しつつある日本は、地域の安全保障でも強いリーダーシップの発揮が求められている―。防衛相演説の冒頭にあるが、その強さの裏付けとは何なのか、政治家は熟考してほしい。

(2013年6月4日朝刊掲載)

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