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社説・コラム

天風録 「南三陸のモアイ」

 角度によって表情は違って見える。寂しそうにも、とぼけているようにも。宮城・南三陸町に真新しいモアイ像が建った。以前のは震災で壊れ、チリ政府から届いた再度のプレゼント。仮設商店街の駐車場に立つ▲表情の違いは、見る人の心情を映し出すためかもしれない。津波の犠牲を思えば悲しくなり、にぎわいが戻りつつある今にうれしくなる。海を背にして商店街を向く像自身は、被災者の笑顔をもっと見たいに違いない▲南三陸町と言えば、あの防災対策庁舎である。勢い込む私たちを乗せた大型バスはしかし、鉄骨むきだしの現地を通り過ぎた。忘れたい気持ちと、忘れてはならないという思い。複雑な遺族の感情をくんで、ガイドさんは途中下車を勧めなかった▲佐藤仁町長は、おととし復刻された「原爆市長」を読んだという。復興の先頭に立った浜井信三元広島市長の回顧録。街頭で原爆ドーム保存も呼び掛けた。防災庁舎を解体するかどうかで揺れてきた町長は「もう少し様子を見て最終判断したい」▲ドームに見守られて広島は、絶望のうちに少しずつ希望をみた。諸説あるモアイの語源の中で、被災地にはことさら「生きる」が似合う。

(2013年6月6日朝刊掲載)

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