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社説・コラム

『論』 クールジャパンに思う 「トキワ荘」の原点忘れずに

■論説委員 岩崎誠

 被災地の宮城県石巻市で、創刊されたばかりの季刊のコミック誌を手にした。

 大津波で全てを奪われながら、再生への一歩を踏み出す漁師親子を描いた読み切りが印象的だった。若い世代の心にも響くことだろう。

 出版元は石巻市の第三セクター。地元ゆかりの石ノ森章太郎さんの原画を集める「石ノ森萬画館」の運営母体だ。こちらの展示も震災2年を経て復活し、全国から来るファンが復興を支えている。漫画の力をしみじみ感じた。

 石ノ森さんを育てた「トキワ荘」の重みにも思いを巡らせたくなる。1950年代から日本を代表する漫画家たちが若き日を過ごした東京・豊島区の伝説のアパートだ。

 ここに最初に居を構えたのが、あの手塚治虫さん。その後、才能ある青年たちが口コミで集まってくる。赤塚不二夫さんや、「藤子不二雄」を共同のペンネームとする二人の若手もそうだ。

 その一人の藤子不二雄(A)さんが43年間、描き続けた自伝漫画が4月に完結した。読んでいくとトキワ荘の空気が伝わる。雑誌掲載を目指して不眠不休に近い日々。入居者同士はライバルだが、尊敬する仲間でもある。互いに仕事を手伝い、漫画論を交わすだけでなく生活も支え合う。

 「サイボーグ009」に「オバケのQ太郎」に「おそ松くん」。4畳半のアパートから巣立った名作の数々はアニメ化もされて海外に多くのファンを持つ。時代を超える作品を生むには不断の努力に加え、創作力を高める環境が必要なのかもしれない。

 その点、安倍政権が成長戦略に位置付ける「クールジャパン」はどうなのだろう。

 漫画やアニメに加え、食文化やファッションなどを海外に売り込む、というものだ。ドラマやポップスでアジア市場を席巻した「韓流」を意識しているのは間違いない。

 官民の推進ファンドに500億円をぽんと出すという。ただ先月の行動計画を見る限り外国への売り込みに熱心な半面、人材育成が後回しにされている印象は拭えない。

 人気漫画やヒットアニメは確かに大きな商機とはなろうが、その足元では担い手の多くが収入に恵まれていない現実がある。政府のクールジャパン推進会議の分科会でも、アニメ界を例に労働環境の悪さが指摘されていた。

 だからこそ注目したいのが豊島区の動きである。戦後漫画の流れをつくったトキワ荘の歴史を地域の文化として再評価し、継承する事業を始めた。若手の発掘も一つだ。

 実物は老朽化で82年に姿を消したが、赤塚さんが別に仕事場に借りていた隣の古いアパートは健在だ。そこに漫画家を目指す3人に住んでもらい、区が直接支援している。既に単行本2冊を出し、映画化が進む作品も生まれた。

 いま漫画やアニメをまちおこしに活用する自治体は全国で30を超すが、人づくりを手掛けるところは少ない。地域発の担い手の発掘にも、国の予算を回していいはずだ。

 もう一つ、忘れてはならないのが作品から広がる平和と友好のメッセージの力だ。

 トキワ荘の原点を築いた手塚さんの言葉を思う。「漫画は世界共通言語」を持論としていた。84年に被爆地で開かれた「アジア漫画ひろしま会議」では、海外の作家たちに呼び掛けている。「お互いに連帯し、交流し合って、人類の明るい未来のために働こうではありませんか。その力がどんなに小さくとも…」

 亡くなるまで中国との文化交流にも力を尽くした手塚さん。経済的な損得が前に出がちなクールジャパンの現在地を、どう見るだろうか。

(2013年6月6日朝刊掲載)

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