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社説・コラム

天風録 「陸奥爆沈70年」

 兵隊の死ぬるやあわれ/とおい他国でひょんと死ぬるや。23歳で戦場に朽ちた詩人竹内浩三の「骨のうたう」。ひょんと、は命の軽さを表して余りある。戦時下は、不条理な死に満ち満ちていた▲70年前、岩国市の柱島沖で戦艦陸奥が謎の自爆沈没を遂げる。重油の渦に不意に投げ出されて沈んだ東北の山あいの兵たちや、あわれ。何ごともなければ、初夏の漁にわく内海(うちうみ)だった。あす、犠牲者1121人を対岸の周防大島でしのぶ▲当時、住民にはかん口令が敷かれ、漁師は浜に留め置かれた。生き残った兵たちも機密漏えいを防ぐため南方戦線へ送られ、多くが命を落とす。9年前、じかに証言を聞いた83歳の元機関員は2度生き延びた人だった▲作家吉村昭は昭和40年代に「陸奥爆沈」を書く。取材中、火薬庫爆破の嫌疑を受けた兵の存在を知ったが、裏付けは取れない。ただ痛感したのは、アリのように扱われた人間の手で巨艦がもろくも崩れる現実▲竹内は繁栄する祖国に白木の箱で帰る自身を想像し、「骨を愛する人もなし」と自虐を込めた。ひょんと死ぬる、は遠い昔の話としても、せめて足元の惨事の記憶は引き継ごう。幾世代を経ようとも。

(2013年6月7日朝刊掲載)

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