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社説・コラム

書評 『被爆者調査を読む』 浜日出夫、有末賢、竹村英樹編著 

重い体験 継承問い掛け

 歴代政府は「唯一の被爆国」と国際社会に訴えながら、惨禍の全容を調査したことがない。いや、1965年から「被爆者実態調査」を10年ごとに行っていると答えるかもしれない。だが、対象はあくまで被爆者健康手帳所持者。広島・長崎の死者数は推計値であり、被爆を免れたが親を失った孤児たちの数もはっきりしない。原爆の被害全容は今も未解明だ。

 そもそも政府の調査は、医学や社会学など総合的な調査に基づく「原爆被災白書」の作成を求める広島からの声に押され、始まった。被爆の傷痕が濃かった65年の調査においても、結論は「健康意識」「所得・就業状況」などで「他の国民一般との著しい格差は得られなかった」とした。

 これを厳しく批判したのが「生活実態」調査を受け持ち、広島で継続した慶応大の中鉢正美教授や、長崎を担当し、国家補償を要求していく日本被団協の運動を理論的にも支えた一橋大の石田忠教授であった。さらに広島大原爆放射能医学研究所はNHKと協力し、平和記念公園となった爆心地の復元調査に乗り出す。

 本書は、研究者らが積み重ねてきた被爆者調査を読み込んだ慶応大の教員や院生らの論考から成る。論述は全体的に堅苦しいが、まさに読み込むことで教えられる。調査で何が明らかになったのか、その後どうなったのか。非被爆者が、体験を受け継ぐことはどういうことなのかも説く。

 広島・基町高の生徒が取り組む「原爆の絵」を一例に挙げている。被爆者から話をじかに何度も聞いて描く行為は、「自らの身体を通して創造的に模倣し、それを表現する(他者に伝える)こと」だという。体験の重さを受けとめ、共感していくところに継承の可能性をみる。

 「私たちはすべてヒロシマ・ナガサキの生存者である」。石田教授が表した言葉の意味が分かってくる。核被害者が世界にいながら「唯一の」と唱える見方の欺瞞(ぎまん)と狭隘(きょうあい)さにも気づくだろう。(西本雅実・編集委員)

慶応義塾大学出版会・3990円

(2013年6月9日朝刊掲載)

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