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西松、強制連行で和解 中国人360人補償 2億5000万円基金

■記者 荒木紀貴

 戦時中の1944年に強制連行され、広島県安芸太田町の安野発電所建設工事で強制労働をさせられたとして中国人の元労働者ら5人が西松建設(東京)に計2750万円の賠償を求めた訴訟をめぐり、西松建設は23日、360人の強制連行を認めて謝罪し、補償金を支払うための新たな基金に2億5千万円を拠出することで原告側と和解した。

 訴訟自体は、最高裁で2007年に原告敗訴が確定した。西松側は、最高裁判決が「被害者らの苦痛は極めて大きく、西松建設を含む関係者に被害救済の努力が期待される」と付言した点を重視。訴訟を起こさずに解決する「即決和解」を東京簡裁に申し立て、原告側も応じた。判決確定後に、勝訴した被告企業が自主的に金銭補償に応じるのは異例。

 和解条項によると、西松建設は強制連行を認め謝罪の意を表明。360人分の補償費をはじめ、所在不明の元労働者の調査費や工事現場への記念碑建立費として2億5千万円を社団法人自由人権協会に信託。同協会が「西松安野友好基金」として管理し、補償金支払いなどに当たる。

 一審の広島地裁は、時効規定などを理由に原告の請求を棄却。広島高裁は時効適用を認めず、原告側の逆転勝訴判決を言い渡したが、最高裁は「1972年の日中共同声明で中国国民は賠償請求権を失った」との初判断を示し高裁判決を破棄した。

 西松側は、今年発覚したダミー団体による政治資金規正法違反事件を機に「諸問題を見直す一環」として和解協議を進めていた。新潟県での強制労働をめぐる訴訟でも同様の和解を検討している。

 この日は、原告3人が来日。「西松建設の態度は積極的で評価する。類似案件の解決のための基礎を築いた」との声明を発表した。


<解説>戦後補償解決 新たな道

■記者 荒木紀貴、野田華奈子

 戦時中の強制連行について最高裁が法的な賠償責任はないと認定しながらも、自主的な賠償に乗り出した西松建設の対応は、戦後補償問題の解決に新たな道筋を示した。時効や政府間の戦後処理の壁に阻まれてきた係争中の訴訟にも影響を与えるとみられる。

 中国人強制連行への補償を求める訴訟はこれまでに各地で15件が提起され、半数が係争中。時効に加え、「西松訴訟」で最高裁が2007年に「日中友好声明で中国国民の賠償請求権は失われた」と判断した。被害救済の努力を求める異例の付言をしたものの、司法による救済の道を事実上閉ざした。

 西松建設側には違法な政治献金事件で失墜した企業イメージを一新したいとの特殊事情があった。それを踏まえても、裁判で勝訴した企業が2億5千万円を支払う事実は重い。

 「訴訟外での解決の先例として、他の被告企業にも影響を与える可能性がある」と一橋大の田中宏名誉教授(日本アジア関係史)は指摘。「企業と国が被告になっている場合、国側が和解を拒否するケースもある。国は解決に向けた政治的決断に踏み切るべきだ」と求める。

 新政権はアジア外交重視を掲げる。元労働者が年々老い、裁判が長期化する現実を直視し、被害救済に指導力を発揮するべきだ。

≪西松訴訟の流れ≫

1944年       原告ら360人の中国人が安野発電所建設現場に連行される
1945年       原告ら中国人労働者が帰国
1972年 9月    日中共同声明調印
1998年 1月    元労働者と遺族の計5人が広島地裁に提訴
2002年 7月    広島地裁は、時効規定などを理由に「賠償請求権は消滅した」と原告側の請
             求を棄却。原告側が控訴
2004年 7月    広島高裁が「時効の主張は権利の乱用」として時効成立を認めず、原告逆転
             勝訴。西松建設が上告
2007年 4月    最高裁が「日中共同声明で中国国民は裁判での賠償請求権を失った」と初判
             断。原告敗訴が確定
2009年10月23日 西松建設と原告側が東京簡裁で即決和解

中国人強制連行
 戦時中の労働力不足を補うため石炭、土建など業界団体は中国人労働者の「移入」を要請。外務省報告書によると、旧日本軍などが華北出身者ら3万8935人を強制連行し、全国計135カ所の炭鉱や建設現場などで労働を強いた。過酷な労働環境などのため、うち6830人が死亡。90年代に入り、元労働者らが国や企業に賠償を求めて相次ぎ提訴した。

即決和解
 民事訴訟の対象となり得る争いについて、訴えを起こす前に簡易裁判所で成立した和解。当事者の一方が簡易裁判所に書面または口頭で請求の趣旨や原因を申し立て、和解期日に当事者双方が出頭。和解が成立すれば、和解調書の記載が行われる。和解調書は確定判決と同じ効力を持つ。訴訟回避の目的でなされるため、訴訟防止和解ともいう。

(2009年10月24日朝刊掲載)

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