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社説・コラム

『潮流』 菓子パンがこわい

■論説委員 石丸賢

 菓子パンを見るのもつらいと栃本正さん(61)は言う。口に入れることなど「とてもとても」と顔をしかめる。まるで落語の「饅頭(まんじゅう)こわい」だが、それどころの話ではない。

 3・11の被災者である。菓子パン以外は口に入らなかった三日三晩の記憶が、今ごろになって心身をさいなむ。東京電力福島第1原発事故で福島県大熊町の住まいを追われ、転々として現在は県南のいわき市に身を寄せている。

 「耳学問で知ってはいたが、フラッシュバック現象がまさか私の身に降りかかるとは…」。復興の支えにと手作り紙芝居を届けてくれる広島市民のネットワーク「ボランデポひろしま」の元を先日訪れた。

 事故から2年3カ月。1番の気掛かりはトラウマと呼ばれる心の傷という。

 町の十数家族でつくる自閉症児親の会のまとめ役でもある。「子どもが押し入れから出てこない」「不登校になった」。フラッシュバックの悩みが会員から聞こえだし、気付けば自らにも異変が起きていた。

 会の外からも、放射能への不安からか、こっそり台所で酒に浸る「キッチン・ドリンカー」を気遣う声が聞こえてくるという。

 自身は、いわき市内の複合商業施設や公民館で、広島発の紙芝居の読み語りをする。被災地の民話に材をとった物語。「なまりや地名が懐かしい」と常連も増えてきた。「今の私にも救いの時間」と栃本さん。

 福島はもともと民話好きの土地柄と聞く。2001年に県の「うつくしま未来博」会場に民話茶屋が設けられた縁で、どの市町村も昔話の会があった。

 風土を味方につける知恵や住民が手に手を取ってきた歴史を伝える民話は、地域の無形文化財といえる。

 厄災を乗り越え、未来を見いだす「明かり」として広島発の紙芝居も根付けばうれしい。

(2013年6月15日朝刊掲載)

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