×

社説・コラム

今を読む 秘密保全法制

国民へ情報公開こそ必要

 国民が知るべき情報を、政府・官僚が都合良く隠し、情報に近づく者を刑務所に送る―。こんな法律がいま生まれようとしている。安倍晋三首相が早期法制化に意欲を示す「秘密保全法」。国民の知る権利を侵害し、マスコミの権力監視を弱体化させる極めて危険な法律だ。

 秘密保全法の中身は、民主党政権時代の有識者会議の報告書がベースになるとみられている。国の存立にとって重要な情報を、行政機関が「特別秘密」に指定し、漏らした者や知ろうとした者を厳しく処罰して、情報を守るという。

 問題の一つは、政府が自由にあらゆる情報を隠蔽(いんぺい)できるという点だ。

 対象範囲は、形式上、①国の安全②外交③公共の安全と秩序維持―の3分野とされるが、範囲があまりに広く、あいまいであるため、実質的に限定はないに等しい。原発、環太平洋連携協定(TPP)、核問題、警察関連事項などあらゆる情報がこの中に含まれる。

 しかも、特別秘密の指定を行うのは、当の政府・官僚である。本来は国民への公開が望ましい情報でも、公にすると都合が悪いと政府が考えれば、その判断一つで秘密化し、永遠に闇に葬り去ることができてしまう。政府による法律の乱用、恣意(しい)的な運用を防ぐ有効な手だてはない。

 報道機関やフリージャーナリストの取材にも深刻な影響を及ぼす。犯罪にまで至らなくとも、社会通念上許されない手段であれば、特別秘密を知ろうとする行為自体が処罰対象になるとされる。

 熱心な記者が、夜討ち朝駆けで自宅を訪問し、ときには飲食をともにして、隠蔽された情報を聞き出そうとすれば、それだけで捜査や処罰の対象となるおそれがある。

 報道機関やフリージャーナリストは、社会通念というあいまいな基準で、情報隠蔽を企図する権力組織と対峙(たいじ)しなければならない。内部情報をあばき、国民に知らしめるという報道の権力監視機能は根本から脅かされる。権力組織内部からの正当な告発も萎縮させることになろう。最終的に不利益をこうむるのは、必要な情報を知ることができない国民である。

 また一般市民が原発情報の開示を求めてデモ活動を呼びかけるような場合でも、捜査や処罰の対象となるおそれがある。

 このほか、特別秘密を取り扱う者の細かなプライバシー情報を調査する「適性評価制度」にも問題がある。調査範囲は、学歴、職歴、渡航歴、借金状況、アルコールの影響、精神問題に関する通院歴など多岐にわたる。対象者は公務員に限らず、研究者や技術者などの民間人も含まれ、その家族や恋人らにまで及ぶ可能性があるという。

 原発、TPPそして憲法改正など政治課題はさまざまだが、その賛否を問わず、判断材料となるすべての情報は、主権者たる国民に公開されるのが大原則だ。偏った情報の中で適切な選挙権行使はできない。だからこそ知る権利、それを支える取材の自由は、手厚く保障されなければならない。

 非公開に値する例外的な情報は、国家公務員法などの守秘義務規定ですでに保護されている。特に防衛情報は、自衛隊法や日米相互防衛援助協定(MDA)に伴う秘密保護法などで、さらに厳格に守られている。新たに法律を作る必要はまったくない。

 日本弁護士連合会や日本新聞協会などは、制定に強く反対している。秘密保全法は、検討段階から、有識者会議の議事録が作成されず、メモも廃棄されるなど、すでに隠蔽体質が透けている。一部報道では今秋にも国会提出とされるが、いまだに法案の具体的内容は隠されている。

 いま取り組むべきは、政府・官僚の情報隠しを保護する秘密保全法ではなく、国民のための情報公開の推進、情報公開法の早期改正である。秘密保護という大義名分に惑わされず、法の危険性を見極めて、一人一人の国民が声を上げていかなければ、霞が関から高笑いが聞こえてくるだけだろう。

弁護士 尾山慎太郎
 75年東京都練馬区生まれ。京都大文学部卒。産経新聞記者として神戸総局勤務などを経て、09年弁護士登録。広島弁護士会秘密保全法制問題対策プロジェクトチーム幹事、同弁護士会人権擁護委員会報道部会委員を務める。

(2013年6月18日朝刊掲載)

年別アーカイブ