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社説・コラム

『潮流』 風化と原発

■防長本社編集部長 番場真吾

 「絆」といえば東日本大震災を連想する。全身まひの元中学教師、腰塚勇人さん(47)=神奈川県=の過酷な体験を柳井市で聞いたときも、震災とは直接の関係はないはずなのに未曽有の大災害に思いをはせた。

 腰塚さんは11年前、スキー事故で首の骨を折った。悔しく、情けなく、死にたい…。絶望に沈む心を開かせてくれたのは、家族や医師、友人たちとのコミュニケーション、つまり絆の力だったという。

 今は教壇から離れ、「命の授業」と題して全国の子どもたちに説いて回っている。「見守ってくれている人が必ずそばにいる」と。

 震災直後、私たちは人のつながりの大切さを痛感した。ところが2年半たち、どこかに置き去りにしてしまったよう。

 「被災直後は皆で頑張ればいいと思っていた。でも最近は、他人をうらやんだりもする」。腰塚さんも福島県で、お年寄りからそう明かされたという。

 原発はどうだろう。山口県は、中国電力上関原発建設予定地(上関町)の公有水面埋め立て免許を延長するかどうかの判断を先送りしている。現段階では国のエネルギー政策が見通せないためという。県民は舞台を注視していたのに、急に長い休憩を告げられたような格好だ。

 周防灘に浮かぶ上関町の八島。対岸の四国電力伊方原発(愛媛県)の30キロ圏内に入るため、緊急防護措置区域(UPZ)に設定された。町が避難計画づくりを進める。島に暮らす人は今や30人ほど。過疎地が原発リスクを負う構造は、震災を経ても変わらない。

 その伊方原発の再稼働について、山口県が意見を述べる場は法的には想定されていない。どうも原発をめぐる論議の場は、国民や県民の目から遠ざけられつつあると思えてならない。

 安全の問題が、「風」に流されていいだろうか。

(2013年6月18日朝刊掲載)

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