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社説・コラム

書評 『少年口伝隊一九四五』 井上ひさし著 語り伝える広島の惨禍

 井上ひさし氏が繰り返し、3年前亡くなった折にメディアで盛んに引用された言葉がある。

 「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをおもしろく」。言葉を武器に豊かな世界を創り出した作家のよって立つところを端的に表しているからだろう。また、原爆投下による広島・長崎の惨禍を語り伝えることをめぐり、英国の歴史学者の言葉をもじってこうも唱えていた。

 「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」

 映画にもなった戯曲「父と暮せば」が前者の言葉を体現するなら、「少年口伝隊(くでんたい)」は後者に重きを置く。2008年に朗読劇として書き下ろされ今夏、単著で刊行された。漢字にルビを振り、気鋭のイラストレーター、ヒラノトシユキ氏(府中市出身)の絵を付け、子どもたちも読みやすい体裁を整える。

 主人公は1945年8月6日、広島市の比治山周辺で原爆に遭う国民学校6年生の少年3人。開設された「迷子収容所」で中国新聞の女性記者と出会い、行方知れずの家族を捜し、炊き出しにありつくため、軍や県の告知を伝えて歩く口伝隊に志願する。

 新聞人による口伝隊という史実を基に彼らの行動を通して、広島の惨状と未曽有の混乱の中での救援・救護、終戦による大人の変節ぶり、9月17日に来襲して県内で2千人を超す死者が出た枕崎台風の猛威が描かれる。

 孤児となった少年たちが身を寄せる老人は台風の夜、「狂った号令を出すやつらと正面から向き合ういう務めがまだのこっとるんじゃけえ」と諭す。言葉をもてあそぶ為政者たちに、言葉の意味をつかんで記憶し、立ち向かおうという作者の呼び掛けでもある。

 原爆は落下傘付きで落とされた、という史実と異なる筋立ても散見される(落下傘付きは無線観測器)。長い間流布された俗説をも取り込んだのだろうか。史実と創作を見極め、少年たちがどうなったのかを大人と子どもで読み、語り合ってほしい物語だ。(西本雅実・編集委員)

講談社・1365円

(2013年6月30日朝刊掲載)

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