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社説・コラム

津波に奪われた長男の思い託し絵本 岩手・陸前高田の浅沼さん ハナミズキのみち

 岩手県陸前高田市で東日本大震災の津波に長男を奪われた浅沼ミキ子さん(49)が文をつづり、「ハナミズキのみち」と題した絵本ができた。この花を復興へ歩む町の避難路に植えて、という願いを込めて。かつて広島では焦土に咲いたキョウチクトウなどが人々を励ました。いま東北でも花をめぐる再生の物語が始まる―。(佐田尾信作、写真も)

 浅沼さんはあの日、勤務中に市役所へ出向いていた時、地震に見舞われた。車での移動を迷っている途中、長男の健(たける)さん(当時25歳)とすれ違う。健さんは市臨時職員で消防団員。名勝高田松原近くのプール施設から客を誘導し、市民会館に避難するところだった。  「ご無事で何より、と言って敬礼してくれた。それが最後です」

 その避難先を津波が襲い、息子は帰らぬ人になる。「もっと高台に逃げて、と声を掛けてやっていれば」。浅沼さんは自分を責め、ノートに思いを殴り書きした。やがて絵本にして伝えたい、と考えるようになった。

 その年の秋、人づてに日本ペンクラブ「子どもの本」委員長の作家野上暁さん(69)と出会い、相談する。児童文学と核・原発問題の関わりを考えてきた野上さんも「悲しい出来事を小さな子が理解できる絵本にするのは難しいなと、最初思いました」と明かす。

 草稿では津波にのまれる人の叫び声も入れていたが、悲惨な場面には「あのとき……」と記すにとどめた。被災地の子もこの本を開くだろう、これ以上傷つけてはいけない、見て感じてくれたらいい。浅沼さんは野上さんの持つ絵本のイメージをそう受け止めた。

 こうして「大すきな町。大すきなけしき」で始まる絵物語ができる。松原や浜遊び、通学路の橋、山車を引く七夕まつり…。「ごんぎつね」などで知られる絵本画家黒井健さん(65)が、丁寧な仕事で仕上げてくれた。

 ハナミズキの薄紅色の大きな花が印象的だ。「ぼく」は「おかあさん」に「みんながあんぜんなところへにげる目じるしに、ハナミズキのみちをつくってね」と語り掛ける。

 浅沼さんは「津波の教訓を口で伝え続けることには、時の流れという限界があります。絵ならきっと長く残るはず」と考える。

 陸前高田はハナミズキの仲間、ベニヤマボウシの原産地。わが町が復興した暁には、高台への避難路に沿ってハナミズキを植えようと、呼び掛けている。健さんがどこかで見守っていると信じて。

 「ハナミズキのみち」はA4判32ページ、1365円。金の星社刊。

(2013年7月2日朝刊掲載)

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