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社説・コラム

社説 エジプト軍クーデター 混乱収拾に全力尽くせ

 苦しみながらも民主化への道を歩みだしていただけに、残念でならない。エジプトのモルシ大統領が軍のクーデターで権限を剝奪された。独裁政権が崩壊後、初めての民主的な選挙で選ばれ、就任わずか1年である。

 イスラム勢力出身のモルシ氏に対し、世俗派の不満が高まっていたのは確かだ。だが、それに乗じて軍がクーデターを起こすことは、民主国家では認められない。

 軍の意向で暫定大統領にマンスール最高憲法裁判所長官が就いたが、世俗派とイスラム勢力の対立は激しさを増している。各政治勢力はまず混乱の収拾に全力を尽くしてもらいたい。

 モルシ氏への不満が膨らんだのはなぜか。約30年の独裁体制を築いた軍出身のムバラク氏に代わって大統領に就任する際、「全てのエジプト人の大統領になる」と語り、融和路線を掲げたはずだった。

 しかしモルシ氏はイスラム色を強めた新憲法の制定を強引に進め、世俗派が反発した。経済も悪化し、失業率の上昇や物価高騰、燃料不足に有効な手だてを講じられなかった。

 世俗派にすれば、モルシ氏の政治姿勢や手腕が期待外れだったに違いない。ただイスラム勢力を中心に、依然として支持する国民も少なくないことも忘れてはならない。

 国が二分された中で介入した軍は、混乱を収めるためと説明しており、次の大統領選までの行程表を示している。だが排除されたイスラム勢力は反発し、さらに対立が激化する可能性は高い。軍が描く筋書き通りに進むかどうかは見通せない。

 軍はモルシ氏の拘束だけではなく、政権基盤であるムスリム同胞団の幹部を相次いで逮捕している。歴代軍事政権は同胞団を弾圧し、イスラム過激派を生み出した経緯がある。強圧的な行動は慎むべきだ。

 2011年以降、中東各国に広がった民主化運動「アラブの春」は行き詰まっている感がある。シリアは内戦が泥沼化し、死者は10万人を超えた。カダフィ政権を倒したリビアでも内戦で大量の武器が出回り、治安の悪化が続いている。

 さらに、地域の中で先頭に立って民主化を進めてきたエジプトの挫折は、周辺の各国にも影響を及ぼしかねない。アラブの春の意義そのものも問われることになろう。

 国際社会は軍の介入を批判しながら暫定政権とも協力するしかないとの考えに傾いているようだ。米国のオバマ大統領は深い懸念を示しながら「エジプトの未来は最終的にエジプト国民が決めるべきだ」とした。

 ただし英国のヘイグ外相が指摘したように「危険な前例」になるのは間違いない。今後も軍の意向に沿わない大統領が選ばれた場合、同じことが繰り返されていいのだろうか。

 アラブの盟主といわれてきたエジプトの政情不安が続けば、国際社会への影響も大きい。すでに原油価格は上昇している。日本の景気の腰折れにもつながりかねない。

 日本はこれまで中東では中立の立場を続け、一定の存在感を発揮してきたはずだ。エジプト情勢にどう対応するか、政府は米国などの顔色をうかがうだけではなく、主体的な判断が求められよう。

(2013年7月6日朝刊掲載)

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