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社説・コラム

『潮流』 「夏休みの地図」を描く

■論説委員 田原直樹

 ふと思い立って、子どもの頃に暮らしていた広島市中区の白島地区を歩いた。

 30年から40年も前だから無理もない。すっかり様変わりしていた。当時、高いビルは少なかったが、今やマンションが林立する。よく行った文房具店や青果店などは姿を消していた。

 がっかりすると分かっていて訪ねたのは、広島県内で公開中の映画「夏休みの地図」を見たから。

 自分なりに街の地図を描くという宿題を通して、子どもたちが人々に接し、地域の歩みを学ぶ物語。全編広島でロケした。被爆から立ち直った後も、どんどん姿を変えている街の姿を、小学生の目線でみつめる。

 滑らかな広島弁で演じる子どもたちがまぶしい。ヒロシマやフクシマへのメッセージも含めた、ひと夏の成長物語だが、考えさせられることが多かった。

 映画の中で、主人公の父親は広島駅北口周辺に住んでいたという設定だ。再開発へ向けて更地となった場所を歩き、子どもに往時を語る。

 その場面に、はっとした。わが身を顧みれば、育った時代や街の様子を、子どもに詳しく聞かせたことはなかった。小さい頃、まだバラックがあったこと、ケロイドの残る被爆者が近所にたくさん暮らしていたこと。そこここに被爆の痕跡があった。

 時は流れ、都市の発展と反比例するように薄まった。ヒロシマを継承しようにも、今の子には、現代の街と、被爆当時を重ねにくいに違いない。

 戦後世代も、自分が育った時代の広島を語ろう。ここに流れる時間を途切れることなく伝えるために。

 もうすぐ夏休み。アベノミクス効果もあるのか、国内旅行者は過去最高の予想という。でもわが家は「時間旅行」と称して懐かしの街を歩き、夏休みの地図を描こう。きっと面倒くさがる子どもの手を引いて。

(2013年7月6日朝刊掲載)

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