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社説・コラム

社説 防衛白書 力を誇示するだけでは

 日本の防衛政策が大きく変質する端緒となるかもしれない。

 安倍政権が発足してから初めてとなる防衛白書が閣議に報告、了承された。これまでにない強い表現で、中国と北朝鮮に対する警戒感を前面に押し出しているのが特徴といえよう。

 「不測の事態を招きかねない危険な行動」。とりわけ中国に対しては、尖閣諸島周辺での度重なる領海侵入を真っ向から批判している。

 北朝鮮についても、弾道ミサイル開発が「新たな段階に入った」と厳しい認識を示した。核弾頭の小型化の動向にも懸念を強めている。

 中国と北朝鮮の危険な挑発行為が、日本の安全保障環境に緊張を強いている。白書が現実を踏まえたことは確かだ。

 とはいえ、日本が強く出さえすれば危機を回避できるものではなかろう。逆に対立がエスカレートしかねないことも、常に見据えるべきではないか。

 その意味で気になるのは、専守防衛をめぐる「二重基準」ともいえる記述の数々である。

 白書の本文は、専守防衛が基本方針とうたう。同盟国への攻撃を自国への攻撃とみなして応戦する「集団的自衛権」の行使は憲法9条の下で許されないと述べる。これらは従来通りだ。

 一方で本文とは別のコラム(囲み記事)で、敵基地攻撃能力や、海兵隊のような機能を自衛隊に持たせることについて、検討に前向きな安倍晋三首相の国会答弁を引用した。

 日本がいまにも攻撃を受けそうな場合、先に敵国に一撃を加えるのが敵基地攻撃である。専守防衛を逸脱する、との指摘はかねてより根強い。

 海兵隊のような機能は、中国の海洋活動を念頭に置いた島嶼(とうしょ)防衛が目的といえよう。ただ米国の海兵隊にしても、海外の戦闘地の最前線に兵士を送り込むのが本来の任務である。「自衛隊にも」となれば、近隣諸国は反発を強めるに違いない。

 集団的自衛権の行使をめぐっても同様に、解禁するよう唱えた有識者懇談会についてコラムで触れた。しかも「政府としては議論を待ちたい」と前向きである。

 白書の随所に「安倍カラー」を盛り込み、政府が今年中に策定する新防衛計画の大綱に反映させていく意図なのだろう。だがそれでは、戦後の防衛政策の一線を明らかに越えてしまう。

 無用な混乱は避けつつ、最も効果的に日本の安全を守るにはどうすべきか。単に実力行使の選択肢を広げるだけの議論では危険すぎる。

 昨年の白書は、「相互依存を深める国際社会の現状」を踏まえた上で「防衛力とともに、外交努力などを総合的に講じる」重要性を強調していた。

 ところが、ことしは「外交努力などの非軍事的手段だけでは万一の侵略を防止できない」と断じる部分だけが残った。

 そもそも中国との間では、習近平体制になってから首脳会談も行えないほど関係は冷え切っている。日中の防衛当局間で合意したホットライン設置も、運用開始には至っていない。

 最低限の信頼醸成さえままならない外交面の無策を放置したまま、腕力ばかりを誇示したところで現状は改善できまい。対話とのバランスを忘れてもらっては困る。

(2013年7月11日朝刊掲載)

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