『この人』 「ヒロシマ・アピールズ」ポスターを制作したアートディレクター 葛西薫さん
13年8月5日
被爆への思い 墨で描く
虚空を見上げる青年を墨で描いた。表現したかったのは、原爆で家族や友人を亡くした悲痛や憤り。「感情がこみ上げた時、人は天を仰ぐ」。構想が浮かぶと白い紙に向かい、墨と筆で一気に描き上げた。
日本グラフィックデザイナー協会(東京)から制作依頼を受けた時、真っ先に思い浮かんだのが「夏」。北海道で生まれ育ち、高校卒業後にデザイナーを目指して上京。印刷会社に勤めた。大都会で迎えた夏は「ひたすら長く、憂鬱(ゆううつ)だった」。
まぶしい太陽と裏腹の、どこか暗い影を夏に感じてきた。「広島も原爆で多くの人が亡くなったつらい過去がある。夏をキーワードに自分の体験と重なった」という。一方で平和や原爆をテーマにした制作は初めて。3カ月間は「眠れない日が続いた」と打ち明ける。
落ち着いた色調に、ユーモアや哀愁を漂わせる作風が特徴だ。大手飲料メーカーや人気衣料ブランドの広告を数多く手掛け、第一線で活躍してきた。
約30年前、広島市を初めて訪れた。その時は仕事に追われ、平和関連施設には行かずじまい。「それが心の片隅に引っかかっていた」という。
昨年7月、旅行で中区の平和記念公園や原爆資料館に足を運んだ。日差しが照りつける公園に立ち、被爆の惨状に思いを巡らせた。「言葉に言い表せない、いたたまれない気持ちになった」。筆を動かす時、その記憶が線の濃淡やかすれとなって表れたという。
休日には息抜きで、趣味のバドミントンを楽しむ。川崎市の自宅で妻と義母の3人暮らし。(石井雄一)
(2013年8月1日朝刊掲載)