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社説・コラム

社説 徴用に賠償命令 まず日韓政府で協議を

 戦時中、広島市の工場に徴用され被爆したとして、韓国人の元徴用工5人が三菱重工業に損害賠償を求めた訴訟の差し戻し控訴審。釜山高裁はおととい、1人当たり約700万円を支払うよう命じた。

 韓国では先月上旬、ソウル高裁が新日鉄住金に元徴用工への賠償を命じる初の判決を出したばかり。韓国の司法が日本企業に元徴用工への賠償を求める流れが強まったといえよう。

 これらの判決について、日本政府は「解決済み」との立場を取っている。戦時中の徴用への賠償は、1965年に韓国と国交を正常化する際に結んだ日韓請求権協定で決着しているという見解である。

 だが、従来の主張を繰り返すだけでは、事態の収拾につながらない情勢と言えよう。

 協定は、日本が韓国に無償3億ドル、有償2億ドルを供与することにより、両国および国民間の財産・請求権問題は「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」と明記している。

 元徴用工の請求権については、韓国政府も協定により消滅したとの立場を取ってきた。日韓両政府の認識に差はなかったはずだ。

 こうした経過を反映したのだろう。韓国人の元徴用工5人がまず日本で三菱重工を相手に起こした訴訟は既に、原告側の敗訴が確定した。同時に韓国でも提訴したが、一、二審は敗訴していた。

 流れが大きく変わったのは、韓国の最高裁が昨年5月、日韓請求権協定で個人請求権は消滅していないとの判断を示したからだ。元徴用工の訴えを退けた二審判決を破棄し、審理を高裁に差し戻した。

 最高裁の判断の背景に、韓国の国民感情がうかがえる。とはいえ、政府間の合意を超えるような司法の在り方を疑問視する見方もある。

 賠償命令を受けた三菱重工は新日鉄住金と同様に「不当な判決」として上告する方針。だが最高裁の判断で高裁に差し戻されたことを考えれば、判決が覆る可能性は低いだろう。

 最高裁で判決がそのまま確定すれば、原告側は日本企業が韓国内に持つ財産を差し押さえることができるという。もし実行されれば、両国の経済交流の基盤が大きく揺るぎかねない。

 昨年5月に最高裁が判断を示して以降、元徴用工が日本企業を訴える裁判が新たに4件起きている。今後、同様の訴訟が増えることは十分、考えられる。

 もはや企業任せにしてよい段階ではあるまい。日本政府は早急に韓国政府と対応策を協議すべきである。このまま問題を放置しても、日韓関係のさらなる悪化を招くだけだろう。

 政府間の合意は尊重されなければならない。それでも元徴用工や遺族一人一人の無念さは理解できよう。

 ただ、被爆者の救済という点では日本政府も、海外で暮らしている在外被爆者への援護を進めた。迅速かつ十分ではなかったとはいえ、国内の被爆者との援護の格差是正にも取り組んできた。それは韓国に住む被爆者も例外ではない。

 元徴用工への救済案として、韓国内では基金方式も浮上しているようだ。日韓両政府は人道的な観点からも柔軟な対応策を探ってもらいたい。

(2013年8月1日朝刊掲載)

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