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社説・コラム

『潮流』 大使の引き継ぎ事項

■論説委員 金崎由美

 跳んだことのないハードルに挑む人は、その成否いかんにかかわらず称賛に値しよう。しかし同じ事を繰り返すだけでは、高みを目指す意欲に欠くと受け止められかねない。

 長崎の原爆の日だったきのう、米国のジョン・ルース駐日大使が平和祈念式典に出席した。6日には、広島の式典にも3回目の参列をしている。

 何万人もの命日である。原爆慰霊碑に花を手向けながらどんな思いに駆られたか。この日、この場でこその言葉があったはずだ。ところが今年も、犠牲者や市民へのメッセージは一切、聞こえてこなかった。

 就任直後の2009年秋には、広島市の原爆資料館を訪れ「核のない世界を求める大切さを感じさせてくれる」と述べた。東京ではおとといの記者会見で、オバマ大統領の被爆地訪問の見通しに言及している。

 にもかかわらず、大使はなぜ、原爆の日には無言を貫くのだろう。

 ルース氏の式典参列はオバマ氏の判断とされる。式典での終始神妙な面持ちを見る限り、「大統領直々の業務命令を黙々とこなすだけ」という後ろ向きの姿勢ではなかったと信じたい。原爆投下を肯定する米国内の世論を刺激したくなかったのだろうと察するが、いずれにしろ残念である。

 大使の職は間もなく、キャロライン・ケネディ氏に引き継がれる。「J・F・K」元大統領の長女として日本での好感度は高い。赴任前から早くも、日米関係の好転に寄与するとの期待が高まっているようだ。

 とはいえ、彼女の柔らかな印象でヒロシマやナガサキの訴えが鈍るわけでもない。大統領の代理として、被爆証言に耳を傾け、率直な感想を語ってほしい。

 ルース氏はどんな事務引き継ぎをするのだろうか。「無難に無言」ではなく、自分が越えなかったハードルを託してもらいたい。

(2013年8月10日朝刊掲載)  

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