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社説・コラム

『言』 あの戦争と日本 「敗戦」は今も続いている

◆社会思想史研究者 白井聡さん

 あすは「終戦の日」。戦後68年になるが、日本はいまだに中国や韓国などから歴史認識に厳しい目を向けられ、あつれきが生じる。なぜこのような状況にあるのか。「敗戦」をなかったことにして「終戦」とすり替え、対米従属を続けてきたからだ―。「永続敗戦論」を著して、そう唱える社会思想史研究者の白井聡さん(35)に聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)

 ―敗戦が永続しているとは。日本は戦後をどう歩んできたのでしょうか。
 対日占領の末に、戦後日本の指導者になったのは、復権した戦前の支配層でした。彼らは自らの戦争責任をあいまい化するため、日本は「敗れた」のではなく、戦争は「終わった」のだと刷り込んできたのです。

 そしてそれを容認し支えてくれる米国に屈従することで、戦後の基礎構造が形づくられたわけです。つまり日米の支配層が合作の「デモクラシーごっこ」をしてきた。その意味で「敗戦」は続いている。そのツケが今、一挙に回ってきたのです。

 ―民主主義国家に生まれ変わったのではなかったのですか。
 先の戦争の時代と現代とで、日本のシステムは基本的に変わっていません。国民の安全よりも、体制の保持が優先する点において、同じなのです。

 ―というと。
 勝ち目のない戦争に突っ込んだうえに、ずるずると続けた。なぜ、やめられなかったのか。皆、負けいくさと感じながらも、もの言えぬ空気に支配されていたのです。最後には原爆まで落とされてしまう。戦争を終わらせる決断も、国民を救うことより体制側の自己保身に重点がありました。

 ―戦後日本の社会も、それと同じですか。
 例えば、原発推進の体制が象徴的でしょう。危険性に気付く局面は何度もあったのに、直視せず、原子力政策を抜本的に改めようとの声も権力中枢からは出てこなかった。その揚げ句、福島第1原発事故に至ったのです。ところが東京電力幹部は誰一人逮捕されず、自己保身に成功しています。何から何までそっくりです。

 ―しかし今、国民の憤りは中国や韓国に向かいがちですね。
 戦後の高度成長で、長らくアジア諸国に対し優位を保ってきたのですが、今や世界情勢が変わりました。日本は停滞し、中国が台頭しています。冷戦構造とアジアでの国力の優位という、永続敗戦レジームにとっての二大支柱が失われてしまいました。

 もはや「平和と繁栄」という戦後の物語の終わりです。とりわけ原発事故は、権力中枢の無責任ぶりや愚かさをさらけ出したのですが、それでもなお、現実を認めたくないという衝動が、中韓への攻撃的態度として出てきたのです。

 ―安倍晋三首相の歴史認識が問われています。
 歴史認識は対アジアの問題と思われてきましたが、米国からも批判されています。敗戦を認めないことを核とする歴史認識は、突き詰めれば、米国による対日戦後処理への不満の表明になるわけですから、当然です。だから安倍政権は米国にすり寄っても冷たくされたのです。

 ―閣僚らの靖国神社への参拝も注視されています。
 参拝すれば、中韓、そして米国からの批判は必至です。A級戦犯が合祀(ごうし)されているからだと認識すべきです。ただし、真の問題は、外国から文句を言われることではありません。戦死した人、原爆や空襲でやられた人は、誰のせいで殺されたのか。本来、日本人自身が怒るべきではないのか。戦争の責任者が神としてまつられているのを、私たちの代表者たる政治家が参拝するのですから。

 ―平和と繁栄を享受した戦後が終わろうとする今、私たちは何をすべきでしょうか。
 戦後、出直してまっとうな国になったはずが、幻でした。この状況にまず憤ることです。68年前から続けられてきたごまかしが、私たちをどんな状態に追い込んでいるのか。

 そこに立ち返り、考え直していかない限り、安全保障しかり環太平洋連携協定(TPP)しかり、日本が抱えている問題は何一つ解決しないと思います。

しらい・さとし
 東京都町田市生まれ。一橋大大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。日本学術振興会特別研究員などを経て現在は文化学園大助教。専攻は社会思想・政治学。著書は「永続敗戦論―戦後日本の核心」「未完のレーニン」「『物質』の蜂起をめざして」など。

(2013年8月14日朝刊掲載)

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