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社説・コラム

天風録 「トレンチとタンク」

 クールシェアを決め込んで百貨店に入ると、はやマネキンは秋冬の装い。今シーズン注目の色や柄を競っている。はやりすたりが付き物のファッションだが、定番は軍服由来のものが多いらしい。トレンチコートもそう▲100年ほど前の第1次世界大戦で登場した。トレンチとは深い溝。ぬかるんだ最前線の塹壕(ざんごう)にこもる兵士が着用した。そのトレンチ突破へと投入された新兵器の一つがタンク(戦車)。阿鼻(あび)叫喚の攻防が続いた▲トレンチをめぐる戦いは今、福島第1原発で繰り広げられる。こちらのトレンチとは、高濃度汚染水がたまった地下道のこと。水を抜き取り、海への流出を防ぐ。だが困難を極める作戦の成否は見通せない。そこにタンクの汚染水まで漏れ出した▲吉田昌郎さんの告別の会がおととい営まれた。上層部と対立してまで収束作業を陣頭指揮した元所長は先月、がんで亡くなった。青い作業着の遺影が、ほほえみを浮かべる。今なお続く同僚たちの格闘を励まそうというのか▲きょうも現場の作業員は、目に見えぬ放射線におびえつつ、防護服に身を包む。戦いが終わる日まで。でも防護服が街の装いになるのは、ごめんこうむろう。

(2013年8月25日朝刊掲載)

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