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社説・コラム

天風録 「稲穂と麦」

 稲刈りの季節にふさわしいことわざの一つだろう。「実るほどこうべを垂れる稲穂かな」。上に立つ者の思い上がりをいさめる一句も相手次第では口封じになる。出るくいは打たれる思いで説教を我慢した向きもあるはず▲一件落着に見える松江市の「はだしのゲン」問題だが、言いなり同然だった学校現場にもやもやが拭えない。子どもの目から隠せという市教委の無理にほとんどの学校がなびいた。風雨にさらされ、うなだれる穂波の光景が重なる▲物言わず、頭を下げていればやり過ごせる。戦時中の「大政翼賛会の気分」は戦後も途切れていない―と大正生まれの哲学者、鶴見俊輔さんは危ぶんできた。憲法9条の足場がぐらつく昨今、かみしめたくなる寸鉄である▲生みの親の故中沢啓治さんはゲンを麦になぞらえた。踏みつけにされても強く育ち、実るほどに穂先を空に突き上げる。己を曲げず、背を伸ばして世の動きを見逃すな、との人生訓にも受け取れよう▲シンボルの麦を育てる運動が、1年前から広島市中区のNPO法人の音頭で広がっている。麦畑で汗を流し、雨の日は「ゲン」を開く。心に平和の種をまく、もってこいの晴耕雨読である。

(2013年8月28日朝刊掲載)

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