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社説・コラム

『潮流』 ウミガメと原発

■論説委員 田原直樹

 訪ねたことはない。でも貧しくも穏やかな人々が暮らす土地らしい。南シナ海に面したベトナムの漁村タイアン。近くの浜にはウミガメが産卵に来る。

 出漁の準備をする漁民、家族で囲む魚や貝の料理、美容室での語らい…。

 先日まで広島市内で開かれた小原一真さんの写真展「3・11 見えない風景」で見た。盛岡市出身の写真家は福島第1原発の事故現場で働く作業員らの顔を正面から撮っていた。聞き取った苦悩を書き添えて。

 会場の一隅に、タイアン村の写真はあった。日本が原発を輸出する地。8年後に稼働予定という。

 漁業のほか、村に産業はない。その点、原発が集中する福島県浜通りなどと相通じるものがある。

 安定収入が得られる原発で働いてほしい―。漁師の父親は小学生の息子に望む。写真の解説にあった。

 村長や古老は日本を訪れ、福島などの原発を視察している。3・11の半年前である。その後、何が起き、福島の住民がどうしているか。詳しく知らないのに違いない。

 日本とベトナムが国交を樹立して今年で40年。両国の詩人による「ベトナム独立・自由・鎮魂詩集175篇」が出版された。

 枯れ葉剤被害者の日である8月10日発行。ベトナム戦争を告発し、傷を慰め、悼む詩が多い。その中でルゥ・クアン・ヴーさんの詩に次の一節があった。

 「フランスは賢く、日本国は豊か/アメリカは爆弾だらけで極悪だ」

 その豊かな国が原発を造る。米国に原爆を落とされた国が、枯れ葉剤をまかれた国に。もっとほかにできることがあるだろうに。

 鈴木比佐雄さんの作品は、私たちへの問いかけで結ばれる。

 「海亀の未来を奪っていいのだろうか/タイアン村の暮らしを永遠に奪っていいのだろうか」

(2013年9月7日朝刊掲載)

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