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社説・コラム

天風録 「軍艦島」

 近づく島影は巨大要塞(ようさい)のよう。どよめく声が船内に…。長崎市沖に浮かぶ軍艦島の上陸ツアーに加わった。かつて海底炭鉱を掘る拠点として5千人が暮らした人工島。日本初の高層アパートや学校などのビル群が40年前に放棄されたままだ▲時代に取り残された島は今や知る人ぞ知る観光地。若者が目立つのも世に言う廃虚ブームからか。確かに異世界に迷い込んだ不思議な気分になるが、閉鉱で泣く泣く島を離れた元住民の胸中は複雑かもしれない▲「廃虚ではなく故郷」とは島根県邑南町で暮らす皆川隆さん。島の記憶を刻む昔の写真を集めて出版したばかりだ。仕事を終えた男たちの笑顔。ビルの通路で遊ぶ子ども。往時の活気が伝わる。その島が世界遺産に推されることに▲「産業革命遺産」の一つ。輝ける近代化を誇る―。いかにも現政権好みの選択だろう。だが光が当たる軍艦島は荒れ放題で一部は崩壊の危険も。保存の方は大丈夫かと地元が心配するのも無理はない▲炭鉱の栄枯盛衰は、日本の縮図とされる。エネルギー政策に翻弄(ほんろう)された人たちの声なき声も、島では聞こえよう。世界遺産化も影の部分を掘り起こしてこそ。ふと福島のことを思った。

(2013年9月15日朝刊掲載)

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