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社説・コラム

『論』 変わる図書館 まずは市民が集う環境を

■論説委員 田原直樹

 「平和をもたらす唯一の道は読書、知識、教育です」。イスラム武装勢力に銃撃された少女マララさんの言葉。今月初め、英国で公立図書館の開所式に招かれ、スピーチした。本をたくさん読んで知識や力を身に付けたい、と。

 マララさんの言葉から、あらためて読書や図書館の意味について考えさせられた。

 日本では「公立無料貸本屋」との批判を受けることもある図書館。貸し出し希望が多い話題書の大量購入などは議論が分かれてきた。この夏は漫画「はだしのゲン」を発端に、表現や言論の自由に照らして図書館の責任や選書の基準が問われもした。

 図書館とは今、一体どういう存在なのだろう。注目を集めている館を訪ねてみた。

 ジャズが流れる。コーヒーを飲みつつ、本を読む高齢者や雑誌をのぞき込み談笑する若者。子どもに絵本の読み聞かせをする母親もいる。

 貸し出し書架のすぐ隣に新刊本の商品棚が並び、気に入った本を買っていく人がいる。これが公立図書館の光景なのだから驚く。

 佐賀県の武雄市図書館。4月からレンタル大手TSUTAYA(ツタヤ)を展開する会社に運営を委託した。リニューアルした館内に同社の書店とレンタルDVD店、さらにカフェが同居している。

 1日2900人近い利用者が訪れる。8月末までの5カ月間に44万人余り。前年比約3・6倍の大幅増という。

 開館時間を4時間延長し、年中無休としたことで利便性が高まった。しかし何より、図書館らしからぬ空間が、若者をはじめ、これまで来館しなかった世代を引き付けているようだ。

 指定管理者として運営に当たるスタッフは「よりよい本との出合いの場をさらに提供したい」と語った。

 「公式ガイドブック」と銘打ち、武雄の観光情報まで盛り込んだ本も刊行された。館内の書店エリアに平積みしてあった。お金も人もかかる地味な文化施設が「観光施設」に変身したといえる。全国からの視察団もひっきりなしという。

 日本図書館協会によると、公共図書館数は年々増えている。昨年4月時点で3234館。だが造ったものの、運営に苦慮する自治体が多いようだ。改革の手掛かりを求めての「武雄詣で」らしい。

 マララさんの言葉通り、図書館は知識を深め、人生や社会をよりよくするヒントや力を得る場であろう。

 ところが、インターネットが普及し、欲しい情報を探し当てることが容易になった。図書館の存在意義が揺らいでいる。まずは人々が訪れたくなる環境を整え、図書館ならではの機能を問い直す必要があるのかもしれない。

 私たちが暮らす地域の図書館はどうだろう。開館時間が短く、休館日が多いなど使い勝手はいまひとつ、という所もあるのではないか。

 もちろん、武雄市のやり方には批判もある。利用券にTSUTAYAのポイント機能を付けることの是非や、個人情報の流出への懸念などだ。それでも学ぶべき点は少なくなかろう。

 利用カードは誰でも作れるという。500円出せば、コンビニなどから宅配便で返送できる。試しに私も1冊、宮田昇著「図書館に通う」を借りてみた。

 元編集者で出版界の現状も知る著者は、図書館のあるべき姿を考察する。重要なのは地域の特殊性に応じた、きめの細かい運営ができるかどうかだという。図書館こそ「いっそうの充実を求められているインフラ」。結びのエールにうなずいた。

(2013年9月19日朝刊掲載)

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