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社説・コラム

天風録 「熨斗をつけて返す物」

 干し子ともバチ子とも言う。形が三味線のばちに似て。ナマコの卵巣を束ね、冬の天日にさらす。周防大島で酒のさかなに食したことがある。炭火でさっとあぶって裂く。濃厚な味だ。この島はアワビやウニもいいが▲熨斗(のし)アワビはどんな味だろう。伊勢神宮元禰宜(ねぎ)の矢野憲一さんは、いにしえの天然のうまさでは、と著作に記す。鳥羽の海女が献じたのが始まり。神宮の内宮(ないくう)ではおととい、引っ越しを終えた神様の最初の食事に供された▲落語「鮑(あわび)のし」なら、仲のいい夫婦が一晩かけて作らなきゃできねえんだ、と一講釈ある高根の花。熨すは伸(の)すに通じる。何事も長く続くよう願いを込めたのだろう。今はアワビに代えて紅白の折り紙を熨斗という▲福島県浜通りでは、神様の居場所もない土地がある。かつては、みこしが海に入るお浜下りが盛んに営まれた。「再生」を意味する大切な祭事。今はどうして継承できよう。社殿は流され、清くあるべき神域は変わり果てた▲伊勢神宮の20年に1度の遷宮は「浄闇(じょうあん)」の中で営まれる。辞書にない言葉。闇が深いと、わずかな明かりがいとおしい。これも、いにしえの感覚か。原子の火など熨斗つけてお返しせねば。

(2013年10月5日朝刊掲載)

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