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社説・コラム

『言』 シリア内戦 収束への道 日本は独自の中東外交を

◆宇野昌樹・広島市立大教授

 米国によるシリア攻撃が回避され、アサド政権が受け入れを表明した化学兵器の廃棄の行方に世界の注目が集まっている。一方で内戦は続き、死者11万人以上、難民は200万人を数える。シリアにも波及した「アラブの春」がこうも混迷するのはなぜか。安定化への条件は。シリアやレバノンの宗教対立に詳しい広島市立大国際学部の宇野昌樹教授(62)に聞いた。(聞き手は論説委員・金崎由美、写真・福井宏史)

 ―シリアの現状をどう受け止めていますか。
 軍事攻撃が遠のき、安堵(あんど)しています。4年前の現地赴任中に接した学生らの消息を案じていたところでした。とはいえ内戦は平穏だった地域にも拡大しています。化学兵器の廃棄も順調にいくとは思えません。

 ―ロシアの提案をのむことで、化学兵器使用を疑われた政権が延命した形でもあります。
 批判が渦巻いて当然でしょう。一方で「アサド政権と反体制派の対立」という一面的な見方が当てはまらないことにも留意すべきです。反体制派は、非暴力主義の世俗派、イスラム急進主義勢力や保守派のムスリム同胞団などに分かれています。「打倒アサド」は同じでも描く国家像は大きく違う。反体制派同士が対立し、攻撃し合うまで発展しているのが現実です。

 ―ここまで国内外で孤立しながら、アサド政権が持ちこたえているのは不思議です。
 独裁政治を地方にまで張り巡らせ、体制固めしてきたことが大きい。シリアで現地調査を重ねてきた私自身、少数派住民から聞き取りをしていて当局に突然拘束されたことがあります。

 ただ、政権基盤の支えはそれだけではありません。シリアでは人口の7割がイスラム教スンニ派です。アサド政権が属するイスラムの少数派やキリスト教徒は「多数派に支配を許せば弾圧されかねない」と、政権を長年支えているのです。

 ―周辺諸国はシリアをどうみていますか。
 内戦に乗じてイスラム急進主義勢力やムスリム同胞団が活発化し、一部の湾岸諸国は警戒しています。隣国レバノンは内戦の飛び火を恐れています。またトルコ、イラクやイランの懸念はシリア国内のクルド人。反アサドのうねりが自国のクルド系住民を刺激しかねないからです。各国の思惑と、混迷するエジプト情勢などが絡み合う中に今のシリアがあるといえます。

 ―内戦を終結させるには何が必要でしょうか。
 困難でも、当事者が話し合いの席に着くしかありません。国際社会が関与する際は、アラブの民衆の目指す民主化がイスラム教に深く根差したものなのだと理解すべきです。民主化がさらに進展するまでの過渡的なものではあるでしょう。とはいえ彼ら自身による模索を尊重することなく、欧米の民主主義を押しつけては失敗します。

 ―シリア問題は中東情勢と切り離せないのだと痛感します。
 中東の対立と不信の核心にはパレスチナ問題があります。化学兵器をはじめとする中東の軍拡も、イスラム原理主義の伸長も、口実は対イスラエルです。中東和平の進展はシリア問題に対応する上でも不可欠だと考えます。イスラエルに「パレスチナと共生するしかない」と納得させ、敵対的な安全保障政策を変えさせなければなりません。

 ―日本にできることは。
 イスラエルの後ろ盾である米国にもの申すことでしょう。アラブ諸国の反米世論はすさまじいものがあります。パレスチナ問題を招いた張本人の英国、植民地支配に関与してきたフランスへの反発も根強い。日本が米国追従の中東外交を改め、独自にアラブの信頼を得れば、中東和平交渉でイニシアチブを取ることも不可能ではありません。

 ―シリア問題の解決策としては間接的に思えます。
 多様な宗派が一定の距離を保ちながら共存してきた中東に、欧州列強が国境線を引いて分割したのは近代以降のこと。以来、地域は常に不安定要因を抱えています。シリアやパレスチナの現状です。アサド政権が退場しても混乱は終わりません。回り道でも、中東の根本的な問題に向き合うべきです。

うの・まさき
 東京都杉並区出身。84年フランス社会科学高等研究院博士課程中退。在イスラエル日本大使館専門調査員などを経て02年から現職。09年9月から半年間、ダマスカス大客員教授。専門は文化人類学など。主にシリアとレバノンに居住するイスラム教シーア派の少数派ドゥルーズ派を研究。共著に「中東・北アフリカのディアスポラ」など。

(2013年10月16日朝刊掲載)

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