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社説・コラム

天風録 「赤いニシン」

 推理小説には、わなが潜む。有名な一つが英語でレッドへリング(赤いニシン)と呼ばれる猫だましである。猫ならぬ犬が獲物を追う時、においの強い薫製ニシンに気をとられることに由来する▲いかにも怪しげな人物が、不可解な行動を起こす。「きっと犯人だろう」と読み進めると、驚きの結末が。アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」や横溝正史の「獄門島」などがいい例だろう▲イラン核開発の行方はまさにミステリーめいていよう。国際社会から長年強い批判を受けてきたが、大統領の交代を機に、この夏から思わぬ展開に。査察受け入れやウラン濃縮縮小の検討など、大幅な譲歩案を示す▲経済制裁を受けて国際協調へかじを切った、と歓迎ムードは広がる。一方、この国と敵対するイスラエルは警戒を緩めない。柔軟姿勢はいわば薫製ニシンで、油断すれば本心を見誤る、との見立てらしい▲推理小説の多くは、決まって大どんでん返し。虚々実々の国際政治にどんなラストページが待ち受けるのか。緊張が続く中東情勢の根っこには、イスラエルとパレスチナの問題があろう。日本も人ごとではない。嗅覚をしっかり働かせたい。

(2013年10月19日朝刊掲載)

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