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社説・コラム

『潮流』 「ゲン」 協調と空気と

■松江支局長 冨田将嗣

 7月の参院選の投票率は6回、昨年12月の衆院選では15回続いて全国トップ。県民税徴収率は6年、国民年金納付率も11年連続の全国一だった。国民の権利を行使しながら、そろって義務も果たす。島根県民の協調性の表れとも思える。

 だが、この問題では誰か異論を唱える人はいなかったのだろうか。松江市教委による漫画「はだしのゲン」閲覧制限である。

 市教委の要請は、昨年12月とことし1月の2回。「表現が過激」として、全49校に児童生徒の目に触れないよう学校図書館の書架から書庫に移す「閉架」を求めた。これに、「ゲン」を持つ学校がほぼ従った。

 図書館での閲覧制限は「表現の自由」「知る権利」「図書館の自由」の問題をはらむ。だが、市教委の要請に現場から明確な反論はなかったらしい。

 むしろ閲覧図書を選定する立場の図書館司書からは「各校対応がばらばらで、現場が混乱している。統一してほしい」との声が上がったという。市教委はこの要望を、2度の制限を求めた一つの理由とした。

 人事権を握る市教委と、教職員そして全員が非正規雇用の司書。現場は自由にものが言えない立場にあったのかもしれない。だが、この3者の「協調」が問題の背景にはあるのだろう。

 むろん、内部事情だけではあるまい。

 事の発端は、戦場で女性を暴行するなどの旧日本兵の描写が「事実に反する」として昨年春、市教委に学校図書館からの撤去を求める市民の申し入れだった。同年8月の、前韓国大統領による上陸で、竹島を「日本の領土」とする声は一層大きくなった。

 自民党が政権を奪還し、島が属する島根県でことし2月22日にあった「竹島の日」式典には、初めて政務三役が出席した。この「空気」も「協調」を後押しした気がしてならない。

(2013年10月22日朝刊掲載)

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