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社説・コラム

天風録 「「よもだ」の精神」

 「馬鹿」と「バカ」は違うと、いつかコラムニストの天野祐吉さんが憤っていた。とある事件に友達が巻き込まれる。取材に電話口で「あいつもバカだなァ」と答えたはずが、「彼は馬鹿である」と活字になった▲言葉のプロなら聞き分けてくれよ、と言いたかったに違いない。「スキ」は「好き」ほどじゃなく、「ビョーキ」は「病気」ではない。常識を揺さぶるのを旨とした天野さんの随筆に、四角四面な漢字は少なかった▲雑誌「広告批評」で世相を読み解き、横丁のご隠居さながらの風情でテレビにも顔を出す。社会を見渡す足場とした出版社の名は、水割りのマドラーにちなんで決めた。世の中をかき回してやりたいね、との気骨だったらしい▲雑誌を畳んだ4年前からは、育った愛媛の方言「よもだ」に入れ込んでいた。ぼんやりを装い、通り一遍にはしゃれで返すこと。このところ原発輸出や改憲の動きに筆が及んでいたのもうなずける。さぞや無念だろう▲「よもだ」を標準語でどう言い換えるかに苦心する追悼記事があった。「いいかげん」か、それとも「まあ何とかなるわ」か。最期まで混ぜっ返した天野さん。そんなに慌てて逝かなくても。

(2013年10月23日朝刊掲載)

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