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社説・コラム

憲法改正問題 有識者に聞く 改憲派 広島大大学院教授 秀道広氏/護憲派 弁護士 井上正信氏

 憲法改正の議論が熱を帯びてきた。安倍晋三首相は臨時国会の所信表明演説で、改正について「国民的な議論をさらに深めながら前に進んでいこう」と明言。野党も代表質問で「96条の先行改正には反対」「正統性がないならば、無効を明言すればいい」と言及する。護憲、改憲の立場の有識者に、現行憲法の意義や課題をそれぞれ聞いた。(桑田勇樹)

改憲派

広島大大学院教授 秀道広氏(56)=広島市南区

平和のため「軍隊」必要

 憲法改正や軍隊の保有をすれば戦争になるというのは極端な話だ。96条で定める国会議員の3分の2とは改憲発議に必要な数であって、最後は国民投票が必要だ。これは米国、ドイツ、フランスなどの国々と比べて明らかに厳しく、国民が憲法改正に参加することは困難だ。

 憲法改正を論じることは、国の安全と発展のためにどうするべきかを論じることだが、憲法を変えないこと自体が目的化していないか。守るべきものを取り違え、善悪だけで思考を止めてはならない。これまで沖縄県・尖閣諸島で武力衝突が起きなかったのは、力で勝る自衛隊と米国の存在があったから。軍備には戦争をさせないための役割もある。

 ソマリア沖の海賊対策や国連平和維持活動(PKO)など、日本には国際社会で果たすべき責務がある。そのためには、憲法の解釈変更で集団的自衛権を行使可能とするだけでは不十分だ。本当に平和を実現するには9条を改正し、自衛隊は、国際法に基づき「やってはいけない」ネガティブリストで制約され、それ以外は現場の判断で動ける「軍隊」とする必要がある。

 現行憲法には、大規模災害や武力衝突などに対処する規定がない。東日本大震災では、がれき撤去などに所有者の許可が必要で、復興作業が遅れたと聞く。国民の権利を守るためにこそ、諸外国のように、緊急事態には権利を制約するルールが要る。憲法には、人々が豊かに生きるために負うべき義務も書かなくてはいけない。

ひで・みちひろ
 1957年生まれ。2001年広島大医学部教授。現在は、同大大学院医歯薬保健学研究院教授。専門は皮膚科学、アレルギー学。広島市南区出身。

護憲派

弁護士 井上正信氏(65)=福山市

専守防衛を否定の恐れ

 政府や自民党などが、自衛隊の海兵隊化や敵基地攻撃能力の保有を検討している。憲法に基づく防衛政策、専守防衛が否定される恐れがある。

 例えば、来年の通常国会に提出される可能性が高い国家安全保障基本法案。個別的自衛権が前提のあらゆる防衛法制を、集団的自衛権行使に向け作り替える内容だ。

 その前に、日本版「国家安全保障会議(NSC)」創設のための関連法案や、特定秘密保護法案が臨時国会で審議されるだろう。総理をトップに、内閣が緊急事態に同保護法で情報を管理し、安全保障を強力に進める体制が整う。憲法9条の意義は喪失し、自衛隊は集団的自衛権を無制限に行使できるようになる。自民党の改憲草案の先取りだ。

 しかし、集団的自衛権を容認して何をするのか、議論は極めて薄い。北朝鮮や中国の脅威には、個別的自衛権で対応できる。日米同盟の強化を目指しているのだろうが、時代遅れだ。日本の国益よりも、同盟の維持強化自体が目的化し、ほかの選択肢が選べない。軍事費の大幅な増加にも耐えられない。

 グローバル化の一方、地域的な安全保障の対話を進める動きが東南アジアや南米にある。領土問題を抱える北東アジアでも、軍事的抑止力でなく、あらゆる外交資源を投じて平和と安全を守る枠組みはつくれる。これを進める上で、日本の平和国家というブランドの力は重要だ。理想や理念ではなく、現実的な選択肢としていま、憲法9条が必要なのだ。

いのうえ・まさのぶ
 1948年生まれ。75年弁護士登録。日弁連憲法委員会副委員長、広島弁護士会平和・憲法問題対策委員会副委員長。福山市出身。

(2013年10月27日朝刊掲載)

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