×

社説・コラム

『潮流』 一生に2度の出家

■論説委員 金谷明彦

 街中のあちこちで、えんじ色の衣をまとったお坊さんに出会う。24年前、当時の軍政がビルマから国名を変えたミャンマー。民主化の現状を取材するため、全国の地方紙の論説委員と先週訪れた。思い出したのは、竹山道雄の名作「ビルマの竪琴(たてごと)」の一場面だ。

 太平洋戦争の敗戦直後、捕虜収容所に入れられた日本兵たちが議論を交わす。テーマは「一生に1度必ず軍服をつけるのと、袈裟(けさ)を着るのと、どちらが優れた国民なのか」である。

 富国強兵の道を歩んだ祖国と、人々が穏やかに暮らす仏教国ビルマとの比較。兵たちは結論を出せなかった。竹山自身の自問自答だったかもしれない。

 小説が描いた人々の姿は変わっていないと感じた。約6千万人の国民のうち9割が仏教徒。東南アジア諸国の中でも、とりわけ信仰があつい。男性は一生に2度は出家して寺院で修行するのが普通だという。期間は最低1週間程度で、長期休暇が明けた会社員が頭をそっているケースも珍しくないらしい。女性も1度は出家する人が多い。

 これまで4回、出家したという現地ガイドの男性(48)が「ミャンマー人の心に触れてほしい」と有名な寺院を案内してくれた。境内に入るには、靴下も脱ぎ、はだしにならなければならない。金色に輝く仏塔に老若男女が祈りをささげる姿には心洗われた。

 ミャンマーは長年の軍政下で経済が低迷し、国連が「最貧国」に認定している。だが街中ではホームレスの人をほとんど見なかった。寺院が社会の安全網の役割を果たしているようだ。出家して僧になった人が釜を持って托鉢(たくはつ)に回れば、人々は食べ物やお金の寄付を欠かさない。

 戦後、世界有数の経済大国となった日本。それなのに将来の社会保障の姿を描けない現状を顧みずにはいられなかった。

(2013年11月2日朝刊掲載)

年別アーカイブ