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社説・コラム

天風録 「福島の月」

 広島市の中央図書館で備え付けの福島の地元紙を手に取ってみる。連日のごとく1面を飾るのは原発がらみの記事である。あれから2年8カ月。彼我の温度差を思い知らされる。先日は文芸欄にこんな投句が載っていた▲「満月やたったひと言気に懸(かか)り」。つい口走ってしまった恨み言か、はたまた誰かの差し出口か。こうこうと照る月を、晴れないわが心と見比べたのだろう。放射線被害に脅え続ける福島県民の苦境とも重なって映る▲年1ミリシーベルトなら大丈夫としてきた被曝(ひばく)の目安を20倍に引き上げようと原子力規制委が言い出した。事故直後、東大大学院の教授が内閣官房参与の職を賭して猛反対したのが20ミリシーベルトだったはず。涙ながらの会見を覚えておられよう▲1ミリシーベルトの基準が現実には妨げとなっているらしい。除染は遅々として進まず、避難民は帰ろうにも帰れない。とはいえ被曝は子どもに差し障りが大きい。家族持ちには聞き捨てならない緩和に違いない▲五感では察しのつかない代物が相手である。1と20で健康被害に一体どれほどの差が出るのか。納得のいく説明など誰の手にも負えまい。福島の夜空にも懸かる月。揺れる心で見つめる人がいる。

(2013年11月12日朝刊掲載)

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