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社説・コラム

社説 福島「全員帰還」転換 新たな分断生まぬよう

 事実上の政府方針といえよう。自民、公明両党が今週、東京電力福島第1原発事故からの復興を促進するための提言を政府に提出した。

 事故の発生以来、政府が掲げてきた避難住民の「全員帰還」の原則を転換することになる。住民が古里に帰るのが難しいケースがあると認め、移住の支援策を盛り込んだ。

 事故後2年8カ月を経ても約14万人が仮設住宅などで避難を余儀なくされている。こうした人たちの生活再建を急がなければならないのは明らかだろう。

 政府は年内にも新たな復興策を正式にまとめる。住民たちの声にしっかり耳を傾ける必要がある。

 地元の受け止めはどうなのか。与党から説明を受けた福島県の佐藤雄平知事は「避難の長期化で住民の意向が変わってきている」とし、住民の要望に沿った政策を進めてほしいと求めた。提言に一定の理解を示したといえる。

 第1原発周辺にある市町村の住民意向調査が念頭にあるのだろう。それらの自治体から避難している住民の思いを代弁するのが、原発から20キロ圏の富岡町がことし8月に実施した直近のアンケート結果である。

 回答世帯のうち「現時点で戻りたいと考えている」のは1割余りにすぎない。これに対し、「戻らないと決めている」は半数近くに上る。多くの避難住民が帰還を諦めようとしている実態が浮かび上がる。

 政府は事故後、年間の被曝(ひばく)線量が20ミリシーベルトを上回る恐れのある地域を避難区域に指定した。それらの地域は除染し、全ての避難住民が帰還できるようにするという原則を維持してきた。

 富岡町は、人口の3割が原則立ち入り禁止の帰還困難区域に住んでいた。年1ミリシーベルト以下を長期目標とした除染も、当初完了を予定していた2年から大幅に遅れている。

 こうした状況の中で、避難住民に新たな選択肢を示さなければならないのは確かだろう。しかし移住支援に本気で取り組もうとすれば、膨大な予算が必要となる。立ち入りが制限された区域にある住宅や土地の買い取りも考えなければならない。それだけの覚悟を政府や与党は持っているのだろうか。

 与党の提言は、避難住民が移住先で住宅を確保しやすいよう、どのような賠償ができるか探るとしている。さらに新生活を始めるための資金についても検討するという。方向性は分かるとしても具体的な踏み込みが足りないと言わざるを得ない。

 原発事故後、時間がたつにつれ、避難住民の間に溝が生じているという。あくまで帰還を目指す人たちから見れば、移住してでも早く新生活を始めたいという人の思いに納得がいかないようだ。政府が今後まとめる復興策が住民の新たな分断につながることがあってはならない。

 そのためには、各市町村の実情を踏まえ、両方の立場の人たちの要望にそれぞれ、きめ細かく応えていくしかない。

 「全員帰還」を心の支えにしてきた避難住民からは、今回の提言に反発する意見も出ている。被曝線量による区域割りだけで支援策を決めることは許されまい。政府は住民たちが置かれた現状から目をそらしてはならない。

(2013年11月16日朝刊掲載)

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